373. 祝祭の歌声

オリガちゃん、頑張ってー!
できることならペンライトとか振りたい気持ちで、内心で声を上げるエカテリーナ。
会場が広すぎることや音響が気掛かりだったが、音楽神の恩寵でそこが払拭されたのだから、存分に歌声を響かせてほしい。
にしてもオリガちゃん、可愛いわー。
オリガの衣装は神官服の様式を残してはいるものの、かなり独自のデザインだ。ドレスのようにスカート部分を大きく膨らませて、雪のようなレースを何枚も重ねつつ、オリガの瞳の色である若草色のリボンや刺繍で飾っている。これは遠からず来る春の色彩でもあるので、新年祝賀の場にふさわしい。
上半身には上質な純白の毛皮が使われているが、豪華になりすぎないようポイントのみにふわふわを付けて、オリガの小動物的な愛らしさを引き立てる雰囲気なのも、わかっている感じだ。
音楽神殿、お抱えのデザイナーとかいるのかしら。グッジョブ!
レナートがオリガに手を差し伸べ、ステージに迎える。小柄な二人は相変わらずお似合いの、可愛いカップルだ。
しかしレナートはオリガをステージの中央に立たせると、踵を返す。彼が歩いていく先にあるものを見て、エカテリーナは驚いた。
ピアノ!
しかも白い!
元から置いてあったっけ?多分、掛け布で覆われていて気付かなかったんだろうな。
白いピアノにエカテリーナが驚いたのは、前世と違ってこの世界のピアノは、ほぼ全て木目調らしいからだ。おそらく前世でも、近世ヨーロッパではピアノは黒は主流ではなく、木目が見えるものが多かっただろう。高級感のある黒いピアノが作れるようになったのは、塗料が発達した20世紀になってからではないだろうか。
いや高級感といえば、そこにある白いピアノもめっちゃ高級感ありますけどね。なんか色が、純白を超えて光というくらいに白くないですかね。白いステージの中でも白く浮き上がって見えるような気がするくらい、艶々というかキラキラしてない?
と思ったところへ、ドミトリー・ユールセインが呻くように言った。
「あれはもしや、かの潮鶯(ちょうこう)真珠か……セイレーンたちが奉納した海の調べを唄う真珠を、音楽神様が楽器に変えたものだそうだ。真に才能ある者のために、最もふさわしい楽器に形を変えると聞く」
セイレーンが奉納した潮鶯真珠。海の調べを唄う真珠。
音楽神様が楽器に変え、真に才能ある者に最もふさわしい形に変わる。
何でしょうかそのハイパーファンタジックな代物は。
「まあ……なんと貴重な秘宝なのでしょう」
もはや神話の秘宝ですね。
レナート君がピアノが得意だから、真珠がピアノに変わっているのか。
大きさがめっちゃ違うのでは。真珠、めっちゃ頑張ってない?大丈夫?
「そのような宝物を音楽神殿が保有していたとは、寡聞にして知らなかった。ユールセイン公は博識であられる」
アレクセイが率直に感心すると、アドリアンが苦笑した。
「我が家は、音楽神殿や舞踏神殿と関わりを持つことが多いもので」
ああ、そういえば。
貴族のパーティーでは奥方が女主人として来客をもてなすものだが、ユールセイン公爵夫人は生国の慣習を守って男性の前に姿を見せることができない。そのためドミトリー公は、一般的なパーティーとは一味違う華やかな催しを開くことで社交をカバーしてきたそうだ。
その催しのために、しばしば音楽神殿や舞踏神殿の力を借りていたのだろう。
それにつけても、あらためて音楽神様すごいな。今会場を恩寵で満たしてくださっていることといい、才能ある人間への肩入れっぷりがすごい。
太陽神殿には人類の至宝が集まっていましたが、音楽神殿には神話の秘宝があるんですか。音楽神様はもしかして、神様界でもかなりフリーダムな感じのお方?
「皇太后陛下が音楽神様の恩寵を招いておられた頃にも、潮鶯真珠が祝賀会に使われることはなかった。演奏できる者がいなかったのでね。この度、演奏者と歌姫が揃って現れたことで、使われることになったのだろう」
うわあ、貴重な機会……。
で、レナート君、その神話の秘宝な代物を弾くのか!
なのに緊張していないのか!
「そうでしたか。皇国が神のますますの加護を得たことを示す、瑞兆と言えるでしょう」
そう言って、アレクセイは妹に優しく微笑みかける。
あ、お兄様の中では私への加点になっている。妹が見出した才能が、皇国に瑞兆をもたらした。だから妹が皇国の瑞兆!みたいな。
すべてを妹への評価にしてしまうお兄様、さすがです。この世界が前世と同様にビッグバンから始まっているのかどうかわかりませんが、もしそうなら膨張する宇宙に存在するあらゆる銀河の誰よりも、お兄様のシスコンが最強だと思います。
私のブラコンも宇宙の膨張に負けないぐらい成長させねば!
エカテリーナがやたら壮大なボケをかましている間に、レナートは潮鶯真珠のピアノの前に座る。
弾き始めた。
(わっ……)
その音色。
ピアノの音ではある。けれどなんだろう、うねり、きらめく。潮のように抗いがたく心に満ちては返り、朝日が昇る海の水面のように耳と心に輝きを散らしてゆく。
音楽神の恩寵が、最上のコンサートホールの音響も及ばないであろうほどに、その音色の美しさを聴衆に届けてくれていた。
思わず、エカテリーナは自分の腕を押さえる。鳥肌が止まらない。
だがその時、オリガが歌い始めた。
その歌声は、国家行事の場にふさわしく厳かでありながらも、朗々と明るく力強い。海を輝かせる朝日、そのもののように。
(オリガちゃん!)
エカテリーナは驚愕だ。イメージとして、オリガの歌声はどちらかといえば繊細で月を思わせると思っていたので。
とはいえ思えば声量は豊かで音域は広く、技術を身に着けて引き出しをガンガン増やしていくのを目の当たりにしていたのだった。
新年祝賀会であるから、歌う曲は定番の伝統曲。皇国に栄光をもたらす新たなる年を願い祝う、明るく力強いこの曲を歌いこなすために、オリガはしっかりと努力したのだろう。冬休みに入って学園の寮から音楽神殿に移り、皇国最高の専門家たちに囲まれて、音楽に関しては熱血コーチのレナートと共に、音楽に没頭する日々を送っていたはずだ。
その結果が、これなのだろう。
(立派になって……!)
音楽神の恩寵の中、潮鶯真珠のうねり輝く音色がオリガの歌声と絡み合い、人々の心を揺さぶり押し上げていく。
美しくて胸が苦しくなる。
心に染み入ってくる。高揚する。
初めてオリガの歌を聞いた時、脳裏に巨大な満月の映像が浮かんだことを、エカテリーナは思い出した。
今は、太陽が浮かぶ。まばゆく暖かい光で世界を満たす、比類なき空の絶対者。
なぜかわかる。同じ太陽を、この会場にいる全員が脳裏に見ていることが。レナートの演奏とオリガの歌が、人の心の音色を引き出し、ひとつの調べを奏でていることが。
奏でられることは、なんとこころよいのだろう。
大曲もついにクライマックス。聴く者たちを空に浮かぶような心地にさせるほど高く高く歌い上げる、高らかなロングトーンに、陶然となる。
音楽神の恩寵の光が、ひときわ強くきらめいた。
――良きかな。
あまりに美しい、音楽の精髄のような音楽神の声が、聴こえた気がする。
最後の一音の響きが消えると共に、五彩の恩寵の光もまた、静かに消えたのだった。

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