祝賀会会場には、しばし静寂が下りた。
人々が夢のまた夢から現実(うつつ)へ戻るまでに、時が必要だった。
そしてようやく、会場を揺るがすばかりの拍手と歓声が起きる。
一般席の貴族たちには、感動と感激で涙している者が珍しくないほどだ。神の領域を垣間見たのだから、涙を流して感激するのも当然といえよう。
エカテリーナも全力で拍手している。
すごいすごい、オリガちゃんもレナート君もすごいよー!
それに音楽神様の恩寵とか、神様の秘宝な真珠の楽器とか、いろんな奇跡を見せてくれてありがとう!
こんな新年って素敵すぎるー!
レナートがピアノの前から立ち上がると、ピアノがふっと消えた。
祝賀会会場がどよめくが、レナートは表情も変えずにかがんで何かを拾い上げる。元の姿に戻った、潮鶯真珠なのだろう。
さぞ美しいのだろうが、詳細まではエカテリーナの席からは見えない。ただ、ピンポン玉ほどの大きさがありそうだった。
真珠としては破格の大きさとはいえ、これが頑張ってピアノになっていたと思うと……めっちゃ頑張ったね!偉いね!
なぜか真珠に思い入れてしまうエカテリーナである。
その間にレナートはオリガの隣に立ち、二人は揃って皇帝皇后両陛下へ深々と礼をとった。
両陛下は笑みを浮かべて拍手を送る。新年祝賀会に神の恩寵を顕した二人は、皇国にこの上ない栄光を添えた。その様子を目の当たりにした貴族たちは、愛国心を新たにしたことだろう。
両陛下に近い貴賓席で、エカテリーナもあらためて全力で拍手していた。心からの賛嘆を込めて。
あんなに内気だったオリガちゃんが、本当に立派になって……。お姉さん泣いちゃうよ。
二人が身を起こし、オリガがエカテリーナに気付いて、ほっとしたように微笑みを向けてくる。そんな表情はやっぱり、同級生の可愛い女の子だ。
冬休みが終わったら、学園で会おうね。楽しみにしてるよ!
「……芸術を愛でる素養のない私だが、今回ばかりは感動した。今年の新年祝賀会は、近来稀なほどの成功とすでに言えるだろう」
アレクセイが言う。妹を見るまなざしには、いつも通り無限の愛情が籠っている。
そして同時に、三大公爵家の矜持と闘争心が宿っていた。
オリガとレナートの庇護者はエカテリーナでありユールノヴァであると、貴族たちの中では広く知れ渡っている。皇国の貴族たちが注視する中で二人がもたらした奇跡、新年祝賀会の成功は、ユールノヴァの影響力拡大に大きく貢献するだろう。
「私も同意せざるを得ないね」
ドミトリーが笑った。
そして続ける。
「だが次も、ぜひ楽しみにしてほしい」
その口調に、エカテリーナは目を見張った。わずかに。
そうだ、ドミトリー・ユールセインは、洒脱で親切な趣味人であり……ユールセイン公爵、その人なのだ。
アレクセイと同様に三大公爵家の当主であって、家の勢力拡大を常に求める政敵なのだった。
まさにその時、太鼓の音が轟いた。
中央のステージからはオリガとレナートがすでに立ち去っており、音楽神殿の奏者たちも大半ははけている。
逆に言えば、一部が残っていた。彼らが一斉に、太鼓を打ち鳴らしている。
そして大きく、鬨(とき)の声のような掛け声が響き渡った。
アリーナへの六つの入り口から、人が流れ込んでくる。踊りながら。
アリーナの入り口は六つ。踊り手たちは揃いのデザインの中性的な衣装を着ていて、その衣装は入り口ごとに異なる色をしている。
白。
黄。
赤。
青。
緑。
黒。
(舞踏神殿――!)
エカテリーナはすぐに察した。
舞踏神は双面六臂(そうめんろっぴ)の神だ。双面は美女の顔と美男子の顔、身体も両性具有であるとされている。
踊り手たちも、男女半々と見えた。白、赤、緑は女性で、黄、青、黒は男性だ。
水の流れのように滑らかに、一糸乱れぬ動きで踊り手たちは進む。
アリーナの中心へと集まってゆくさまは、渦のよう。数百人にものぼるのであろう踊り手たちが、色鮮やかに彩られた六色の渦となって、アリーナを華やかに染め上げようとしている。
音楽に合わせて全ての踊り手たちが旋回すると、衣装の上衣の裾が大きく広がって花と開く。アリーナは、六色の花園と見まがうばかりになった。
「美しいこと!舞踏神殿もさすがですわ……!」
思わず、エカテリーナは感嘆の声を上げた。
「そうだろう。音楽神殿は個人の才能で魅了してくれたが、舞踏神殿は集団の美だね。才能ある振付師がいるのだよ」
ドミトリーが言い、エカテリーナはぴんときた。きっとその振付師を、ユールセインが後援しているのだ。
ダンサー個人ではなく振付師を後援って、めっちゃ通なんじゃないかしら。皇国の芸術系パトロンとしての、年季を感じますよ。
アリーナで繰り広げられているダンスは、エカテリーナの目には前世のバレエの群舞に似て見える。二十一世紀の日本ではクラシカルな存在だったバレエは、ここではきっと今まさに発展しつつある最先端のエンタメなのだろう。
それを創造している振付師は、なるほど趣味人のドミトリーが後援するほどの才能の持ち主に違いない。
「だがもちろん舞踏神殿にも、個人の才能で魅了する者がいる。そろそろステージで踊るはずだから、注目して見てくれたまえ」
そうドミトリーが言ったまさにその時、ステージにひらりと踊り手が跳びのった。
わー、すっごい軽々と!
体操のオリンピック金メダリスト並の、軽々としたジャンプ!重力が仕事しない!
中央の白のステージには男性の踊り手が一名、他の四つのステージには男女のペアが一組。彼らは揃って、客席に向けて華やかな礼をとった。
わあっと歓声が上がる。客席の貴族たちに、彼らのファンが大勢いるらしい。
彼らが踊り始めると、エカテリーナも納得しかなかった。
美しい!
特に白のステージの男性ソロ。指先からつま先まで美しく張りつめた立ち姿、そこからの跳躍の高さ、軽やかさ。細身のしなやかな身体は軽やかにして力強く、かつ信じがたいほど柔軟。高々と脚を上げて背中を反らせてぴたりと静止すれば、そのポーズの驚異的なバランス感覚にどよめきと歓声が湧いた。
他のステージの男女ペアに目を転じると、こちらもまたそれぞれに見事なダンスを披露している。男性が女性を高々と投げ上げる大技で観客を沸かせるペア、ジャンプやステップすべてで完璧にシンクロして魅せるペア、ダンスで男女の恋愛をドラマティックにセクシーに表現するペア、ステージを所狭しとアクロバティックに跳躍するペア。
その間も、六色の巨大な群舞がアリーナに渦巻いている。
もうどこを見たらいいのか!目が忙しすぎる!
エカテリーナがもはや悲鳴のように思った時。
白のステージのソロ男性が、旋回を始めた。繰り返し、繰り返し。
続いて、他のステージの男女ペアも旋回を始める。
さらには、アリーナの群舞もすべてのダンサーが続いた。
すべての踊り手が、花と化す。
その迫力。
エカテリーナは息を呑んで、ただ見つめるばかりだ。
ひときわ大きく、太鼓が打ち鳴らされる。
一斉に旋回が止まると、すべての踊り手が崩れ落ちた。
ええー何事⁉
思わず身を乗り出したエカテリーナだったが、もう一度大きく太鼓が打ち鳴らされると、踊り手たちは立ち上がった。
どういう仕掛けなのか衣装の色が変わり、新年祝賀の色である黄色へと変じている。
ただし、元から黄色の衣装だった一群は、青い衣装に変わっていた。青は皇国では高貴とされる色、それは皇室に代々青い髪色が受け継がれているため。
すなわちそれは、舞踏神殿が新年を祝い、皇室を敬して称えることの表れだった。
客席から、わあっと歓声が炸裂する。
エカテリーナも全力で拍手していた。
いやー、すごいわ新年祝賀会!
皇国中から集まった貴族たちに、皇室への敬意を刷り込む仕掛けが満載なんですね。国が四百年続くってすごいことなんですが、それはこうして随所にそのための努力があるからこそなんだろうなあ。
そして、舞踏神殿のダンサーさんたち、純粋に素晴らしかったです!