ざあっ……と、新年祝賀会会場から音が湧き上がった。
会場を満たす貴族たちが、一斉に立ち上がったのだ。数万人が、一度に。
これほどの規模になると、ただの衣擦れの音なのに会場の外にまで響くほどの音量になる。
貴賓席の高位貴族たちもまた、立ち上がっていた。
皇帝皇后の席へ、礼をとる。
もちろんエカテリーナも、アレクセイもそうしていた。皇国の忠実なる臣下として、当然あるべき儀礼に則って。
もう一度、角笛の音が鳴り響く。皇帝皇后両陛下、そして皇子ミハイルのお成りを告げる旋律だった。
「皆、楽にせよ」
よく通る声で皇帝コンスタンティンが言い、会場の一同が身を起こす。
マイクはまだ存在しない世界なので、声が聞こえるかは個人の発声にかかっているわけですね。
皇帝陛下のお声はさすが。声を張り上げているわけではないのに、朗々と響いています。
合唱部だったので発声練習は毎日やっておりましたが、なかなかここまでにはなれませんでしたよ。
とはいえ数万人収容のサッカースタジアムというか古代ローマのコロッセオ風の会場全体に一人の声が響き渡るのは不可能なので、お言葉を中継する係の人がいるらしい。それと、遠くの人たちは、陛下に近い人の動きを見て合わせているんだろう。
そして身を起こして見た皇帝皇后両陛下、輝いていらっしゃいます。皇子も。
皇室の方々が身に着けている豪華絢爛な衣装は、金蚕絹(きんさんけん)という特別な絹で織られたものだそう。金色は染めたのではなく、天然の色。単なる金色ではなく、光が当たると微妙に色彩が変化する。金色のオーロラが存在したなら、こんな輝きになるのではないだろうか。
こういう糸を吐く特別な蚕がいるそうなんですが、それはもう超希少で超高価。
祖母アレクサンドラはユールノヴァ公爵家伝統の金羊毛を嫌って身に着けず、皇室の方のみに許されるはずのこの金蚕絹を生涯使い続けたそうです。
いろんな人がすごく迷惑しただろうな!ほんとにアレは迷惑な奴だったね!
「よく集まってくれた。この新たなる年を迎えた良き日に、そなたたちと顔を合わせることができ嬉しく思う」
おそらく例年の型通りなのであろう挨拶を、コンスタンティンが述べる。
「新年の光が、栄えある皇国にさらなる祝福と繁栄をもたらさんことを」
コンスタンティンがそう挨拶を締めくくると、その傍らに控えていた近侍長が手にした旗を高く掲げた。いつの間にか運ばれてきていた、かの金獅子の旗。太陽神殿からの贈り物だ。
それを合図に、一斉に声が上がる。
「新年の光、陛下にあらんことを」
数万人による唱和。もはや地鳴りのよう。
私も言いましたが、自分の声すら聞き取れないくらいでした。
ふと、ミハイルと目が合った。
わずかに、目だけで笑いかけてくる。お互いだけがわかる程度に。
エカテリーナも、同じように笑みを返した。友達なので。
そして、あらためての尊敬の念も込めて。
この場には、十歳のエリザヴェータも参加している。一般参加者たちの席にも、子供の姿が見受けられる。6歳くらいから参加するもののようだ。
ミハイルもそれくらいの年齢からここに参加し、この轟音のような祝辞を受ける側であり続けてきたのだろう。それにふさわしい、堂々たる立ち姿で。
そのメンタル、一朝一夕で培えるものじゃないよね。歴史ある国のトップたるべく育てられ、それに相応しくあろうとする君って、やっぱりすごいと思うよ。
皇帝皇后両陛下、そしてミハイル皇子が赤いベルベットと金細工で彩られた豪奢な椅子に着席し、臣下たちも再び着座した。
「失礼いたします」
そう声を掛けられて一瞬戸惑ったエカテリーナだが、声をかけてきた侍従はすっと背後に回り、椅子の下に置かれていたものを交換したようだった。
熱が立ちのぼってくるのが感じられる。冬の戸外で温かさに包まれるのは、えもいわれぬ心地よさだ。
「ありがとう。とても温かいわ」
貴賓席の椅子の下には、熱した石か何かを詰めた箱が置かれているらしい。いい感じのフットウォーマーだ。
屋内では床暖房が発達している皇国だが、この祝賀会会場はさすがにそれはないため、こういう個別の対応がされているのだろう。
貴賓席の特別待遇、すごいなー。なんか、一般席のほうが寒そうなのにすみません。
にしても、祝賀会が始まったばかりでもう交換とは。
と思って、エカテリーナは気付く。これはきっと、兄がはからってくれたことだ。目線ひとつで、侍従に指示したのだろう。
「お兄様がお気遣いくださいましたのね。ありがとう存じます」
礼を言うと、アレクセイは優しく微笑んだ。
「お前の優しさは周囲に光とぬくもりをもたらすが、お前自身にはそれを与える者がいない。私にできるせめてものことだ……お前はか弱い淑女なのだから、身体を大切にしておくれ」
「まあ、お兄様。わたくしは、ただお兄様のお側にいられさえすれば、身も心も安らかに温かくいられますのよ」
だって私は、ブラコンですから!
お兄様、魔力が氷属性だしクールビューティなイケメンで、いろいろ冷たそうに見えるのがちょっぴりコンプレックスなんですよね。
そんなところも愛しいです!世界一好きです!
「お優しいお兄様の妹に生まれて、わたくし、本当に幸せですわ」
「エカテリーナ……」
そんな平常運転な会話を交わすエカテリーナの耳に、アドリアンのこんな呟きが聞こえてきた。
「なるほど、これですか」
これ?
気になって意識を向けてみると、ドミトリーがうんうんとうなずいているのが目の端に見える。
何だろう。知らないうちに、アリーナで何か起こっていたのかな。
アリーナとは、会場中央の平らな部分のことだ。
ユールセイン親子の反応とは無関係なのだが、見てみるとアリーナで確かに動きがあって、エカテリーナはこのことだったかと納得(誤解)しつつ急いで居住まいを正していた。
新年祝賀会の式次第では、皇帝陛下のご挨拶の後、音楽神の招きを受けた歌姫と音楽家が登場することになっているのだ。
オリガちゃん、レナート君、頑張ってー!