370. 貴賓席にて

「新年おめでとう、アレクセイ、エカテリーナ。誕生パーティー以来だね」
ドミトリー・ユールセインが、にこやかにユールノヴァ兄妹に話し掛けてくる。
「新年おめでとうございます」
アレクセイが生真面目に挨拶し、エカテリーナはにっこりと笑みを返した。
「ドミトリーおじさま、お会いできて嬉しゅうございます」
「当分は、この新年祝賀会では我々は隣同士だな。私が早々に当主をおりることになれば別だが」
「まあ。嫌ですわ、そのようなご冗談を」
ほほほ、と令嬢らしく手の甲を口元にあてて、エカテリーナは品良く笑う。
そうやって品良く笑いながら、内心でなんとも処理し難い思いに襲われていた。
ユールノヴァ公爵家の席は、ユールセイン公爵家のお隣でしたー。三大公爵家内での末席ですね。
といっても、ユールノヴァが皇帝陛下からユールマグナより下と扱われているわけではなく。
まず、ユールセイン公爵家は皇后陛下のご実家、外戚であって、現状では三大公爵家で最も家格が高い。そのため皇室の隣の席が与えられる。
また席次は、公爵家の当主が爵位を継いでからの期間でも決まる。
三人の公爵の中で、お兄様が一番最近爵位を継承した。よって、ユールノヴァ公爵家が三大公爵家の中では末席にあたる席に着く。
それだけのことでした。
なんですが、お兄様がユールマグナというかゲオルギーのおっさんより下に扱われていると思うと、モッヤアアとしたものがこみ上げてきてしまいますね。私、ブラコンなんで!
たいした話ではないことでやけに緊迫してしまって恥ずかしいというのもあるんですが、新年祝賀会での三大公爵家の席次が、皇室との関係性で変動するのは事実なんですよ。
かつては建国四兄弟の時代そのまま、長男ピョートル大帝に最も信頼された次男セルゲイのユールノヴァ公爵家、三男マクシムのユールセイン公爵家、末子パーヴェルのユールマグナ公爵家の順で固定だった。
それが、時代が下って皇室とそれぞれの公爵家の関係がその時々で変化するようになり、それに伴って席次も変わるようになったらしい。
前述の法則が無視されることも、しばしば。
この会場でこの貴賓席は、ここに集う貴族たちの注目の的。皇室と三大公爵家の関係が、一目瞭然で見て取れる。
ここでの席次を皇室が政治的に利用するのは、当然ですらあるのだろう。三大公爵家の勢力が大きくなりすぎた時、公爵家同士を争わせて両家の力を削ぐために、うまく使われてきたに違いない。
まあ、その必要がある時にはだが。
今回は常の法則通りの席次。それにより、皇室はユールノヴァとユールマグナの争いに関知しない、という姿勢が示されたということなのだろう。
「エカテリーナ、息子を紹介させてくれ。長男のアドリアンだ」
ドミトリーが言い、その横にいる大変なイケメンがエカテリーナに微笑みかけてきた。
「はじめまして」
うーん三大公爵家おそるべし。
エカテリーナは内心で唸る。
ユールノヴァのお兄様はもちろん、ユールマグナのウラジーミル君といいユールセインのこのご長男といい、とにかく嫡男が美形すぎないだろうか。建国四兄弟からは四百年経っているとはいえ、なんだかんだ血縁関係にある三家だから、共通の美形遺伝子でも持っているのではなかろうか。
しかも、それぞれ全く趣が違うからねえ。美形以外に共通点がないのに美形であることは確約するという遺伝子、どうなっとるのよ。
なんて、それぞれ両親が美男美女だから、美形が生まれる確率が高いだけでしょうけども。
アドリアンの母親は、『神々の山嶺』の向こうの大国から嫁いできた元王女。生国の文化を嫁いだ後も守り続けて、人前に姿をさらすことはなく、当然この場にも不在だ。しかし息子の美貌を見れば、美しい女性であることは疑い得ない。
皇国では珍しい、つややかな黒髪。浅黒い肌は母親譲りでありつつ、父と同じく自ら航海に出て日に焼けているためなのだろう。
瞳はドミトリーと同じブルーグリーン。ドミトリーと初めて会った時にもその瞳を砂漠のオアシスのようだと思ったが、アドリアンのエキゾチックな容貌の中にあると、もはや神秘的だ。
きっと彼は、『神々の山領』の向こうの母親の生国でも、異国的な顔立ちと見られて人目を引くのだろう。
絶対、向こうの基準でもイケメンに違いない。
そんなエキゾチックイケメンが、エカテリーナに言う。
「君の話を父とハリルからいろいろ聞いてきたが、聞きしに勝る美しさだね。君をモデルにした女神像を父が購入したので見たが、人間を模したとは信じられずにいた。こうして本人を目の前にして、初めて納得できたよ」
ああっレフの女神像の試作品ですね!ハリルさん、本当に売却したんだ。商人ハリルさん、おいくらでお譲りしたのでしょうか……ちょっと怖い。
そしてお兄様、うなずいていらっしゃいますが、これは壮大なお世辞です。真に受けてはいけないやつです。お兄様はもっと壮大な誉め言葉を本気で言ってくださいますが、それはお兄様が世界一壮大なシスコンだからです。
「なんて素敵なお言葉でしょう。ドミトリーおじさまの審美眼と、紳士なお心を受け継いでおられますのね。あの像は、わたくしなどよりはるかに美しい芸術品ですわ。女神像を制作した職人はまだ若うございますけれど、歴史に名を遺す芸術家になると確信しておりますの。お目が高くていらっしゃいますこと」
「確かに素晴らしい職人だね。母が祖父への贈り物として依頼したガラスペンも、実に美しかった。弟が祖父の元へ届けに行っているが、きっと喜んでいただけるだろうね」
さらりと言うが、三本マストの船で数週間をかけての旅であるはずだ。そして季節風の関係で、戻って来るのは数か月後になるのだろう。
「それでご不在ですのね。残念なことですわ、お会いしとうございました」
新年祝賀会には、家族がそろって参加する。
アドリアンはすでに妻帯しているそうだが、出産間もないため今回は奥方は不在なのだそうだ。
次男も妻帯していると聞いていたが、こちらは実家に帰っているとかなんとか……前もってグラハムが教えてくれていたので、絶対に触れないとエカテリーナは決意している。
……ふと思い出しましたが、ユールセイン家の息子さんの話が出るとお兄様が不機嫌になっていたような記憶があるんですよ。でも今日は特にそんなことはない、ということは不機嫌の理由は次男さんなのでは。詳細は全くわからないけど、とにかく触れずにおかなければ!
ともあれユールセイン公爵家は、ドミトリーとアドリアンの二名での参加なのだった。
なお二人も皇国の新年らしくきらめくばかりの装いで、特に目を引くのがマントの両肩をつなぐ留め具のチェーンに金色の真珠が連なって用いられていることだった。ゴールドパールはエカテリーナの誕生祝いの衣装でも使われていたが、あれよりずっと粒が大きく揃っている。おそらく代々の公爵が新年祝賀会で用いてきた、伝統の逸品なのだろう。
ユールマグナ公爵家は、公爵夫妻と嫡男ウラジーミル、令嬢エリザヴェータが全員参加だ。エリザヴェータは、目が合った時に笑いかけてきて、エカテリーナも笑顔を返した。今日も天使か妖精かお人形かという可愛さだ。
そして初めて見るユールマグナ公爵夫人は、二児の母でありながら年齢不詳の目の覚めるような美女だった。なるほどウラジーミルとエリザヴェータの美貌の源は、三大公爵家の美形遺伝子ではなくこの母なのだ。
ユールマグナ公爵一家も新年らしく輝くような装いだが、当主のゲオルギーの衣装に用いられた金色の鳥の尾羽らしきものが、とにかく目立っている。ユールマグナの伝統素材なのだろうが、使い方は考えるべきでは。
とはいえ遠目にこちらを見る貴族たちには、これくらい派手なほうが豪華さと権勢をアピールできるのかもしれない。
一般席の皆さん、やっぱり貴賓席をめっちゃ見てきますので……美形ばっかりの三大公爵家、内部の権力争いの行方を見定めるとかを置いといて、単に目の保養と思ってガン見する奥様方とか大勢いそう。
などとエカテリーナは思っているが、今の三大公爵家で一番注目される存在は、本人である。
皇帝近侍長が遣わされた理由は、政治的バランス感覚だけでなく、エカテリーナに人々が群がる恐れがあるからなのかもしれなかった。
会場の席は、もうほとんど埋まっている。
そこへ、角笛の音がりょうりょうと鳴り響いた。
続いて、触れ係の美声が告げる。
「皇帝皇后両陛下、並びに皇子ミハイル様、お出ましにございます!」

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