368. 登城

皇城の近くまで進んでくると、貴族たちの馬車で道が混み合うようになった。
混み合うといっても、皇都の主な通りは街路が広く、馬車が四台は余裕で通れる幅がある。四車線の道幅に加えて広い歩道まで通りの両側にあるのは、火事が起きた場合に延焼を防止するためと思われるが、今はその四車線の道幅のすべてが一方通行になって、皇城に向かう貴族たちの馬車で埋まっていた。
エカテリーナの馬車を騎士団が取り巻いて進むユールノヴァ公爵家は、他の倍くらいの幅をとってしまっている。周囲に申し訳なく思わずにいられない魂が庶民なエカテリーナだが、そこは三大公爵家。周囲が当然のように道を譲り、大きく開けた空間を一行は威風堂々と進んでいた。
ここでも魔獣馬は注目の的で、前を行く馬車の貴族が寒い中わざわざ窓を開け、外に顔を出して驚愕の表情でヴェントゥスを見つめている。
その後ろから一心にこちらを見つめている、夫人と思われる女性の姿も見えたが、そちらが見つめている先はヴェントゥスではないと思われた。
お兄様イケメンですからね!
氷狼の毛皮付きマントをひるがえして馬上にいる姿、うっかり拝んでしまいそうなほど素敵ですよね!
旦那さんの横でイケメンを見つめてしまうのはいいんだろうかと思ったりもしますが、既婚といえどもイケメンの摂取が必要な時はあるのだろう。うちはお兄様を筆頭に、騎士団長のローゼンさんもイケオジだし、オレグさんや他の騎士も充分イケメンぞろいで、顔面偏差値の高い集団だもんなあ。
同担歓迎します!
新年祝賀会は、最も多くの貴族が皇城に集う催しだそうだが、それでも参加できるのは中位以上の身分にある者だ。皇城に向かう馬車はそれなりの富を示して、華やかに装飾されているものが多い。
それらの馬車の紋章に目をやって、エカテリーナは意外なことに気付いた。今ここで目に入るいくつかの中にも、知っているものがある。
皇都の社交に全く参加できていないと思っていたが、学園生活で学友たちと接し、兄の業務に触れてビジネスで関係のある貴族たちについて知るうちに、いつの間にか皇国の貴族について多少は知識が身についていたらしい。紋章を見れば、ある程度の情報が頭に浮かぶのだ。
あの紋章は、舞踏会でドレスの相談に乗った一年生女子たちの一人の、主家にあたる家のもの。女子の家の紋章は、主家の紋章の一部をもらったものだと言っていた。そんな話からグラハムさんに主家のほうの紋章を教えてもらって、ルーツなんかも聞かせてもらったなあ。
あのドレスの相談って、最初はソイヤトリオのしょーもない意地悪の後始末みたいなものから始まって、あとは行きがかりみたいな感じで広がっていったもの。決して裕福ではない家の子たちだから、社交の役に立つとか考えたこともなかった。でもそれが、今こうして私の助けになってくれている。
あらためて、情けは人の為ならずって本当だわ。
皇城までの上り坂を馬車は軽快に進み、ついにたどり着く。
新年の祝いの日、皇城は賑わいに満ち、そして華やかだった。年末近くに初めて訪れた時も多くの人が登城していたが、今日は一年で最も多くの人がこの皇城に集う新年祝賀会。人の数は桁違いだ。
心が浮き立つような、祝いの音楽が奏でられている。そこかしこに伝統的な新年祝いの飾り付けがされていて、豊穣を表す葡萄や牛、富と幸運を表す麦束や蛇、武勇を表す雷と馬など、さまざまな縁起物の金細工や絵画が柱や壁に取り付けられていた。
日本で言えば、門松とかしめ飾りとかに当たるものですね。あと破魔矢とか熊手とか鏡餅とか、富士山や鶴が描かれた絵とか。いかにも縁起がいいとかお正月だなあと感じるものの、皇国バージョンということ。
神々に由来するものが多くて、庶民はこうしたものを神殿で購入するというのも、日本との共通点だなあ。
日本のお正月は紅白のイメージだけど、皇国の新年は黄色や金色。
こうした飾りは、実は皇都の街並みにもされていた。というか、ユールノヴァ公爵邸もしっかりこういう飾り付けをしていた。
女主人としてそれを監督しながらも、エカテリーナはそれらを、もの珍しい気持ちで見ていた。
前世の感覚だけではない。今生のエカテリーナも、まともに新年を祝うのはとても久しぶりだったから。
公爵家の別邸で母と過ごした日々、幼い頃には新年を祝った。
けれどやがて、祝いはなくなった。あらゆる喜ばしいことが取り上げられて、いつ年が改まったのかも分からない暮らしとなり、冬はただ陰鬱だった――。
「エカテリーナ」
兄の声に、エカテリーナは我に返る。
「お兄様」
「気分でも悪くなったか?ここは、いささか騒がしい」
アレクセイの案じ顔からすると、エカテリーナは馬車を降りた後しばらくぼんやりしてしまっていたようだ。
いかんいかん。公爵令嬢として失態!
「いいえ、祝いの日の晴れやかさに、見惚れてしまっておりましたの。かの金獅子の旗を拝見できて、感激ですわ」
新年祝賀会の日にだけ掲げられる、黒地に金糸で獅子が描かれた旗は、太陽神殿から贈られたものだそうだ。獅子は皇帝の象徴だが、この旗が皇国に輝く限りは皇国は栄光と繁栄に恵まれるとの託宣と共に授けられたとされていて、太陽の光を受けてまさしく輝いている。
「栄光の金獅子のほうが、お前に見惚れていることだろう。太陽にとって夜の女王は、美しき見果てぬ夢なのだから」
アレクセイは微笑んだ。
あー、太陽神の金獅子旗よりお兄様が眩しい。
などと思ったところへ、丁重な声がかかった。
「ユールノヴァ公爵閣下、ニコライ様から言いつかってまいりました」
お仕着せを着た男性が、うやうやしく頭を下げている。厩舎係、つまり馬の世話をする役目の者のようだが、着ているお仕着せがそれにしては立派だ。
「ヴェントゥスをお預かりいたします」
その言葉でぴんときた。
彼は、魔獣馬を専門に扱う係の者なのだろう。皇帝の象徴であり、一般の馬とは隔絶した身体能力を持つ魔獣馬を扱える、特別な厩舎の担当者なのだ。
そのお仕着せは周囲に知られているようで、畏怖するような視線が集まっている。
「しばらく休んでいてくれ」
ヴェントゥスの鼻面を撫でてそう伝えると、ヴェントゥスはぶるると鼻を鳴らす。今度は思い切り走ろう、と不満を伝えているようだった。
それでも賢いヴェントゥスは、魔獣馬係から同族の匂いを嗅ぎ取ったようだ。アレクセイが魔獣馬係に手綱を渡すと、大人しく引かれて行った。
それを見送ったのち、アレクセイはエカテリーナに手を差し出す。
「エカテリーナ。共にゆこう」
「はい、お兄様」
兄の手に自分の手を重ねて、エカテリーナは微笑んだ。
これから、新年祝賀会の会場に向かう。
そして、ユールマグナと対峙する。

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