367. ユールノヴァ公爵家の威信

エカテリーナをエスコートして、アレクセイは馬車へと向かった。
共に乗り込んで、皇城へと向かう――通常なら。
だが、アレクセイは妹だけを馬車に乗りこませた。
「エカテリーナ、一人にしてすまない」
皇城の新年祝賀会では毎年、催しの一つとして馬上槍試合が行われ、皇国の主な騎士団から精鋭が出場して武を競う。今年はユールノヴァ騎士団が馬上槍試合に参加するため、騎士団のあるじであるアレクセイは、騎士たちを率いて騎馬で登城する。そういうならわしなのだ。
エカテリーナが乗り込んだ馬車の周囲では、馬上槍試合に参加するオレグや騎士団長ローゼンなどが、新年を祝うに相応しく華やかな礼服姿でそれぞれの愛馬に騎乗している。さらには、騎士団の角笛の奏者や、公爵家の紋章旗と騎士団の団旗を持つ旗手たちまでが待機していた。
騎士団の貴婦人である女性が、騎士たちにかしずかれつつ皇城へ向かうのもまた、ならわしだ。
つまりエカテリーナは馬車にひとりで乗るのではあるが、馬車の横には騎馬のアレクセイ、周囲には騎士たちと、いつもよりよほど人数の多い道行なのであったりする。
「ユールノヴァ公爵家の威信を皇都に示す、よい機会ですもの。お兄様の雄姿を拝見できること、わたくしは嬉しゅうございましてよ」
そう答えたエカテリーナの視線は、美々しい馬具を着けて馬車の側で主を待っている、一頭の駿馬に注がれている。
額に生えた銀色の角。たてがみと尾は青い燐光を帯び、口元からは牙がのぞく、クルイモフの魔獣馬。
ヴェントゥスだった。
アレクセイの愛馬になってからまだ数日であるから、さすがのユールノヴァ公爵家もまだ魔獣馬対応の厩を用意できてはおらず、ヴェントゥスはクルイモフ伯爵家に預けられている。
しかし今日はアレクセイが新年祝賀会という公式な場へ騎馬で向かうということで、ニコライがわざわざユールノヴァ公爵家へ連れて来てくれたのだ。
ニコライは今日は多忙だそうで、いったん伯爵邸へ戻ってそちらから登城すると言って、公爵家からはすでに去っている。彼が騎士団を率いる公爵と共に登城するのは、クルイモフ伯爵家の継嗣でありながら騎士団の一員になってしまったような印象になって皇国の慣習から見てふさわしくないため、常識ある判断と言えよう。
なお、エカテリーナの愛馬となったシルフもユールノヴァ邸へやって来たが、ニコライによれば勝手に付いて来たのだそうだ。そしてエカテリーナの頭をふんふんして、手から角砂糖をもらって食べると、ニコライに連れられてクルイモフ邸へ帰って行った。
クルイモフ伯爵がヴェントゥスをアレクセイに贈ったことは、その日のうちに皇帝コンスタンティンに報告されている。本来、魔獣馬はすべて皇帝のものなのだから。
クルイモフ家の当主が見込んだ人物に魔獣馬を贈るのはその血統を守り育てる御馬係の特権として許されているが、報告は当然の義務である。報連相は社会人の基本!を掲げるエカテリーナがクルイモフ家の対応に深く同意したことは言うまでもないが、それはさて置いて。
コンスタンティンは、クルイモフ伯爵の判断を良しとした。
であるからには、アレクセイはその厚情に応えて堂々と魔獣馬のあるじとして皇城へ向かうべきである。そしてコンスタンティンに拝謁した時に、感謝を伝える。それが魔獣馬のあるじとなった者の礼節なのだ。
それは同時に、アレクセイが魔獣馬のあるじとなったことを皇国の貴族たちと皇都の民に広く知らしめる、またとない機会となる。精強と名高いユールノヴァ騎士団を率いて魔獣馬を駆るアレクセイの姿は、見る者たちに強い印象を残し、彼の政治的な立場を強化するだろう。
アレクセイがひらりとヴェントゥスの背に乗り、馬上の人となった。
その姿を、見送りの使用人たちが仰ぎ見る。執事グラハムの表情に、深い感慨が表れていた。祖父セルゲイに仕えた彼にとって、セルゲイの魔獣馬ゼフィロスは特別な存在だったに違いない。
ユールノヴァ公爵が、再び魔獣馬のあるじとなった。
角笛の奏者が、出立の旋律を吹き鳴らす。
ヴェントゥスが歩みだすと共に、エカテリーナの乗る馬車も動き出した。馬車の両脇をアレクセイとローゼンが守り、その後からユールノヴァ騎士団が従う形で、一行も粛々と進み始める。
公爵邸の門を出て皇都の街路を進めば、行き会わせた人々が驚きを露わにヴェントゥスを見上げた。人通りの多い場所では、どよめくような声すら聞こえる。皇都は皇帝の直轄地、お膝元であって、人々の忠誠はまっすぐに皇帝へ向かう。皇帝の権威と直結するような魔獣馬も皇都の民に人気があり、その魔獣馬のあるじとなった人物は大きな関心を向けられるのだろう。
なお、そのどよめきには女性たちの黄色い声もだいぶ交じっているようだ。そこは魔獣馬は関係なく、若きユールノヴァ公爵のイケメンぶりにきゃーきゃーしているだけなのではなかろうか。
馬車の窓から兄の姿をじっと見て、エカテリーナは思う。
当然ですね!
私的に本日は、お兄様のかっこよさを世界に知らしめる日とさせていただきます!
ていうか、私が世界からこのかっこよさを隠そうとしたとしても、ダダ洩れている。かっこよすぎる!
わーん私のお兄様がかっこいい!
などとアホなことを考えているとは夢にも思うまいが、アレクセイは妹が自分を見ているのに気付くと、目を合わせて優しく微笑んだ。
きゃーっ!と黄色い声が噴きあがった。
エカテリーナは覚えている。アレクセイの言葉を。
『ゲオルギー・ユールマグナは、長年にわたって魔獣馬を欲してきた。かつては陛下に直訴したこともあると聞く。私とお前が共に魔獣馬を得たことを知れば、思わぬことを仕掛けてくる可能性がある。少しでも何かを感じたなら、すぐに私に話しなさい』
兄がこうしてヴェントゥスを駆って皇城へ向かうのは、長年欲してきた魔獣馬を得たとゲオルギーに見せつけているようなもの。あちらの反発は必至だが、どのみちいずれは知れることだ。ならばむしろ華々しく、皇都の民や貴族たちの好感を得る策に出るのは正しい。
なので、皇都の皆さん。
同担歓迎!
よろしくお願いします!

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