実は?
フローラが言い出した言葉の続きが予想できず、エカテリーナは待つ。
続いた言葉は、完全に予想外だった。
「私、ユールノヴァ領のアデリーナ様……ノヴァク伯夫人と、お手紙のやり取りをさせていただいているんです」
え。
アデリーナさんとフローラちゃんが、手紙のやり取り?文通?
意外な組み合わせ――と思ったけど、そういえばこの二人、なんか意気投合していたような覚えが。娘さんのマルガリータさんも含めて。
世代が離れているのに仲良くなれるなんて、さすがフローラちゃん。
でもそれが、今の話題にどう関わってくるのだろう。
「アデリーナ様はノヴァク様をお仕事の面でもサポートしていらして、知識の豊かな方です。それに魔法学園の卒業生で、生徒会にも入っていらしたそうです」
「まあ!」
アデリーナさんは強い魔力の持ち主だそうなので、魔法学園に通っていたのは思えば当然だけど、生徒会役員でもあったとは!
ノヴァクさんを仕事の面でサポート……うん、ノヴァクさんの巧みなプロパガンダは家族ぐるみで取り組んでいるものだと、領地で過ごす間に何かにつけて感じていた。さらに、アデリーナさんが領地の有力者の夫人たちを取りまとめたり働きかけたりして、宣伝にとどまらないレベルでお兄様の領政を支えていることも。
す、すると。
私が気にしていることをジャッジできる知識と経験を備え、お兄様の直接の部下ではないから指揮系統的な問題もなく、相談事項が外部に漏れる心配も全くない。そして、シスコンウィルスによる暴走の懸念なく、温度感を共有できそうな、ベストな相談相手では!
一点難があるのは、この時代だから手紙が届くまでに時間がかかること。
前世みたいに、メールやSNSでリアルタイムに繋がれるわけではない。手書きした手紙を人に預けて、ユールノヴァ領まで運んでもらわなければならない。
とはいえお兄様や側近の皆さんの指示は、至急で領地に運ばれるので、一緒に送ってもらえば通常の郵便よりかなり早く届く。今すぐ答えが必要な話ではないので、問題なし!
「良いことを教えていただいて、ありがとう存じます。わたくし、アデリーナ様に相談してみますわ」
笑顔になったエカテリーナがフローラに言うと、フローラもにっこり笑った。
「エカテリーナ様のお気持ちが晴れたなら、何よりです」
後刻、寮に帰っていつも通りフローラと予習復習をする時になって、エカテリーナはフローラにいつからアデリーナと文通していたのか訊いてみた。
夏休みが終わってすぐに挨拶程度の手紙をもらって同様の返事を返したことがあったものの、やり取りというほど頻繁になったのは、実は最近になってからとのことだった。
「舞踏会でのことで婚約を破棄することになったあの方が主に、エカテリーナ様のご様子をアデリーナ様にお知らせしていたそうなんです。でもあんなことになって、いろいろ忙しくて時間が取れなくなってしまって困っていると、アデリーナ様からご相談がありました」
「まあ……」
確かに彼女は今は、婚約破棄に関する実家との連絡に、忙殺されていることだろう。
彼女が、プロパガンダの元ネタをアデリーナさんに供給していたのか。他の分家の子たちもそれぞれ実家に私のことを連絡していたのだろうけど、分家といっても夏休みまでは、お兄様に歯向かうノヴァダインとかがのさばっていたから、今みたいに皆が本家を支えるという体制ではなかったんだろうな。彼女はその頃からノヴァク家にとって、信頼できる存在だったんだろう。学園内での情報量や文才なども含めて、彼女はアデリーナさんにとって最適の情報源だったんだろうな。
……その彼女の婚約者におかしなことを吹き込んで、婚約破棄必至の状態にしたの、ユールマグナだよね。あの色気美人のザミラだよね。証拠はないけど確信してる。
ユールノヴァのプロパガンダ勢の情報源を潰すのも、狙いのひとつだったのかも。だとしたらけっこう、うちの内幕を見通してない?舞踏会でのあの流れを作るためだけでなく、後々まで効く布石としての一手だったとしたら……あらためて怖いな。
「それでアデリーナ様は、フローラ様に連絡なさったわけですのね」
「はい。学園でのエカテリーナ様のご活躍を教えてほしいということで……ご領地の皆さんが知りたがるのは当然だと思っていたんですが、それだけではない大切なことのためだと気付いたのは、本当についこの間です」
フローラは恥ずかしそうに顔を赤らめる。
美少女の赤面の可愛さよ……。
しかし清く正しいヒロインで、魔法学園に入学するまでは市井の一般女子だったフローラちゃんだもの。プロパガンダなんて思い当たらないよね。
と、フローラがぐっと拳を握った。
「でも、そんなことではいけませんよね。卒業したら、エカテリーナ様の侍女としてお仕えしたいと思っているんですから。舞踏会で起きたようなことからエカテリーナ様をお守りできるように、私、アデリーナ様からしっかり学びます。あちらの側仕えの方に、負けてはいられません!」
うっ!
思いがけないフローラの決意表明に、エカテリーナは意表を突かれる思いだ。
フローラちゃん、そんな気持ちを抱いていたのか……。そうか、ウラジーミル君の側仕えであるザミラと対抗するべきは私の側仕えとなる自分、という。
確かにね、正しいと思う。前世の歴史での知識だけれど、王侯や高位貴族の侍女ならば、政治的な立ち回りで主人の権勢を盛り立てたりライバルを蹴落としたりと、陰謀を巡らせる場合は多々あったはずなので。
でも……でもね、フローラちゃんがそういう役割を担うって。
どうだろうか!
ポテンシャルの塊、伸びしろしかないフローラちゃんだから、頑張れば上手にこなせるようになるのかもしれない。でも、ずっと近くで見てきてよく知っている。フローラちゃんはどこまでも真っ直ぐで真っ当で、清らかな心の持ち主なのよ。
真っ白なフローラちゃんに、陰謀とかそんなダークな役割を担わせるなんて、考えただけで胸が痛い。痛すぎる。
そんな向いていない業務を担当するなんて、ダメなんじゃない?フローラちゃんが心を病んでしまいかねない!
いかん、仕事は適材適所を目指すべき。私は今は雇用者側なんだから、担当業務の割り振りを私が考えなければ!
ここで、エカテリーナはふと気付いた。
あれ、私がフローラちゃんにこう思うということは。
お兄様から見た私って?
いつも私を『いい子』『賢い子』って、子供扱いで褒めてくれるお兄様……だからいつも、中身アラサーですみませんって思うんだけど、なんか……私がフローラちゃんに対して思うのと、すごく同じようなことを思われそうな気が。
もしかして私自身が、自己判断で向いてないことをやろうとしている?
い、いやでも私は公爵令嬢だし。逃げるわけにはいかない責務ではないかと!
……あっ思い出した。そういえば皇子に、あまりそういうことに慣れなくていい、みたいなことを言われたことがあった。そういうことが得意な人材に任せて、分担すればいいって。
そうだった。魂が社畜だからすぐに自分でやらなきゃって思うけど、今の人生はそれじゃ駄目だとか思ったんだったよ。
人の振り見て我が振り直せ。フローラのおかげで自分を客観視して、強烈に我に返ったエカテリーナである。
「フローラ様」
我に返って、エカテリーナはまず、フローラの手を取った。
「そのお志、嬉しく存じますわ。ですけれど、あちらの側仕えの者は、フローラ様に及びもつきませんことよ。フローラ様はその優しさと細やかな心配りで、わたくしの悩みを解消してくださったのですもの。フローラ様には、いつまでもこのままでいていただきとう存じますわ」
うん。フローラちゃんには、このままのフローラちゃんの長所を伸ばしていってほしい。
そしてこれはきっと――お兄様が私に対して思ってくれているであろうこと。
「エカテリーナ様のお役に立てたなら嬉しいです。でも私、もっと頑張らないと」
「そうですわね、わたくしももっと精進しなければと、痛感いたしました」
あちらを意識しすぎて、同じ土俵に立とうとしていたのかもしれない。
でもやっぱり、それじゃ駄目だわ。
しばらく空回りしてしまっていたけど、一周回って原点に帰ろう。
「わたくし、アデリーナ様にも相談いたしますけれど……お兄様に相談しなければなりませんわ」