「ここにきて、支持者が一気に増加しております。完全に優勢に立ったと言ってよろしいかと」
ノヴァクが言い、アレクセイは渋い顔をした。
「良い報告ですが、ご不快のご様子ですな」
「……理由は舞踏会での、あの事だろう」
「無論、それにございます」
内心ではにんまりしているであろうノヴァクだが、不機嫌な主に淡々とうなずいてみせる。
舞踏会でのあの事とは、エカテリーナがウラジーミルにラストダンスを申し込まれて絶体絶命の状況に追い込まれたところを、皇子ミハイルに助けられて二人で会場を駆け去った件だ。
皇国で最も身分の高い未婚の男女が、手に手を取って伴も連れずに二人きりでどこかへ姿を消した。二人でいたのはごく短い時間だったとしても、もはやミハイルとエカテリーナは婚約したも同然。皇国貴族の常識としては、そうなる。
前々からミハイルの婚約相手大本命と見られていたエカテリーナだが、もはや確定と見なされるまでになった。次世代の皇后を擁するユールノヴァに、人々が靡くのは当然。
さらに当主アレクセイの若さを不安視していた人々も、ユールノヴァが揺るがないどころか一層勢力を増しているのを目の当たりにして、態度を変える者が続出していた。
「しかしあの事ばかりが理由でもありますまい。その前の学園祭で、お嬢様のお美しさとご才知を目の当たりにした者が多かったのも大きいはず。ご学友を典礼院へ推挙し、あの光の演出をいずれは国家行事に取り入れ皇国の威信を輝かせたい、というお志しに感服する者は多くおりました」
エカテリーナにとっては、純然たる同級生の就活応援だったのだが、それをすかさずプロパガンダに活用したノヴァクである。
「学園祭といえば、学園に音楽神様が降臨なされるという光栄もございました。お嬢様が見出した才能が、これほどの快挙を成し遂げた。これも支持が広がる理由となっております」
神々が実在するこの世界だが、普通に生きていて人々が神に遭遇することはまずない。降臨は大事件なのだ。
「ユールノヴァ領で三柱の山岳神様が降臨なされたことと考え合わせれば、お嬢様は特別な神々の恩寵を受けておられる。そのお方が国の母たる皇后となられれば、次世代の皇国も繁栄は間違いなし。そう考え、お嬢様をミハイル様の伴侶に推すためにこそユールノヴァを支持する、と言う者もおります」
「そうか」
内心の葛藤が鎮まらない中ではあるが、アレクセイは大きくうなずく。
「それは見識があると言わざるを得まい」
エカテリーナが皇后になれば皇国が繁栄するのは、疑いのない事実らしい。
当のエカテリーナがそんな支持者の声を聞いたら、いや恩寵とかじゃなく異世界産の魂が珍しいだけなんです!次世代の皇国の繁栄とか言われましても!と頭を抱えることであろう。それ以前に、次の皇后のところでフリーズすると思われるが。
「だがエカテリーナの嫁ぎ先は、あの子の望み次第だ。ミハイル殿下に輿入れすると決まったように言われるのは不快だ」
むすっとした表情に戻ってアレクセイは言う。ノヴァクはあっさりとうなずいた。
「無論、心得ております。しかし、ユールマグナと雌雄を決しようとしている今この時、それを明言して支持者を追い払うような対応は愚策に過ぎます。支持者たちとて、ユールノヴァが積極的にお嬢様を皇室へ入れようと働きかけてはいないことは知っての上で、それぞれの勝手な思惑で盛り上がっているだけのこと」
「わかっている」
まだ幼い年頃から、領政に携わってきたアレクセイだ。政治的対応をいかに取るべきかは、充分に理解している。なんとか切り替えた。
「舞踏会といえば、ウラジーミルの意図が読めないことが気になる。何か判ったか」
「いえ。ゲオルギー公の指示ではなくご本人の判断と考えざるを得ませんが、あの動きに出た理由になるものは、何も出てまいりませんな」
ノヴァクは顔をしかめている。
「こちらが騎士団とアストラ研究所に仕掛けた離間策が効いて、今のユールマグナ家は頻発する揉め事を収めるのに手一杯。学園の舞踏会に気を回す余裕など、ありますまい。ウラジーミル様には、研究所での派閥争いをどうにかせよと矢の催促がされていることは確認できましたが、他には」
「本人が自分の考えでしたことならば、情報など有りようもないな。今のウラジーミルは、考えの読めない人物だ」
ふ、とアレクセイは嘆息を漏らした。
そして言った。
「ウラジーミルと父親の間に、離間策を仕掛けることは可能か」
離間策とは、不和を生じさせ相手集団の力を削ぐ計略のことだ。ユールマグナの騎士団やアストラ研究所のあちこちを、それで分断させている。
ノヴァクが答えるまでに、わずかに間があった。ゲオルギーとウラジーミル、ユールマグナ公爵とその嫡男。敵の本丸とも言える二人だ。
そしてノヴァクは、かつて親友同士だったアレクセイとウラジーミルを見知っている。
「……よいお考えですが、難しそうですな。ウラジーミル様は周囲に人がおられません、ザミラとラーザリの双子が常にかしずいているだけで。誰かに何か吹き込ませるのは、ほぼ不可能でしょう。ゲオルギー公のほうは隙だらけですが、こういうものは片方だけに働きかけるのでは上手くいきませんので」
ノヴァクは、人差し指でこめかみをとんとんと叩いている。
「ウラジーミル様は情報も少ない。ひととなりすら明確には掴めておりません。付け入る亀裂の有無すら定かでない状態であちらの中枢に仕掛けるのは、無謀に過ぎましょう。下手をすれば、失敗したうえ他の離間策にも気付かれる恐れがございます」
「そうだな」
アレクセイはうなずく。
「だが、ウラジーミルは除かねばならない」
「エカテリーナ様のおためですか。学園内で、舞踏会でのようなことが再び起こらないようにと」
「そうだ。だが、それだけではない」
アレクセイのネオンブルーの瞳が、光を増した。
「横領に関するこちらの調査を阻むため、ユールマグナは冷徹に的確に、手掛かりとなる人物を排除してきた。それを指揮しているのは、明らかにゲオルギーではない」
さすがに、ノヴァクは目を見開く。
「ウラジーミル様だと、お考えですか」
「確信できるわけではない。だが、あの対処には鋭い知性を感じる。ウラジーミルには確かに、それがある」