339. 悪役令嬢は腑に落ちない

カテリーナに気付いたらしき甜菜たちが、ピッと葉っぱを一枚上げた。

やあ!と手を上げる感じで。

……やあ!ってなんぞ。

友達なのか?私、根菜の友達なのか?ズッ友ならぬ根っ友?

しかも甜菜たち、ためらいもなくてくてくとエカテリーナへ歩み寄って来るではないか。

「お嬢様のお気に入りと聞いておりましたが、やはり懐いておりますようで」

マルドゥがにこにこと笑って言う。

いや先生、認定しないで!私、この二体をお気に入っているわけでは!

ない……わけでもない、かな?面白いというか、うっかり個体識別できるようになってしまって、縁を感じずにはいられないところはありますが……うーん……。

しかし私、懐かれているんでしょうか。若干、ストーカーされているような気がしてきておりますよ。

なにしろこのイケメン甜菜たちと最初に遭遇したのは、遠く離れたユールノヴァ領の、森の民が暮らす山奥の居住地。大王蜂や怪奇植物めいた甜菜の成体などに守られた、ファンタジックな異郷感が漂う遠い場所だ。

ひょんなことからそこを訪れることになったエカテリーナは、たまたまイケメン甜菜の相方が、地面に植わってうごめくだけの普通の甜菜から、『成れずじまい』と呼ばれる歩く甜菜に変化するところに立ち会った。

歩こうとしてこけた甜菜の元へもう一体の甜菜がやって来て、葉っぱを絡めて助け起こした、やっていることがイケメンなところにも立ち会った。

以来この二体を、イケメン甜菜とその相方と呼んでいる。

しかし立ち会っただけで、懐かれるような何かは一切なかった。

それなのに、そういえば森の民の居住地から去ろうとした時、この甜菜たちが馬車に入り込んでいた記憶がある。同行していた森林農業長のフォルリが、すぐに気付いて農作物を収穫するスタイルでぺいっと馬車の外へ放り出してくれなかったら、連れて帰ってしまったかもしれない。

フォルリは確か『非常食に持って来るのもよかったやもしれませぬな』と言っていたので、何かあればこの甜菜たちは、旅先でエカテリーナの血となり肉となっていたかもしれないけれど。

いや怖い!怖い考えになってしまった!

エカテリーナと甜菜たちの縁は、それっきり。

……の、はずだった。

しかし実はすでに、ユールノヴァ領の公爵邸で再会したことがあったりする。

公爵邸の庭園で、葉っぱをつないでてくてく歩いている二体の甜菜の姿を見付けた時は、エカテリーナは我が目を疑った。

前述の通り、甜菜たちに会ったのは山奥の森の民の居住地だ。皇都よりは近いとはいえ、領都の公爵邸とて遠く離れている。それなのになぜこの二体が公爵邸に現れて、呑気にお散歩しておるのか。とりあえず土の魔力でゴーレムを作り、二体を取り押さえたエカテリーナは、真剣に悩んだ。

その謎は解けた。というか、謎の答えを持つ人々があたふたと現れた。エカテリーナが山岳神殿への参拝の旅をした時に、甜菜の畑を食い荒らしていた単眼熊の排除を頼まれて、護衛騎士と共に掃討したのだが、それを頼んできた老人とその村の村長がお礼にと荷馬車にいっぱいの甜菜を公爵邸に献上にきたのだそうだ。イケメン甜菜たちはそれに紛れ込んできたらしい。

今あらためて考えると、おかしくないか?森の民の居住地とあの村はそりゃ近いけれど、収穫された甜菜に紛れて領都の公爵邸にやって来るなんて、狙ってやったとしか思えない。ヒッチハイクというか密航。

いやでも、狙ってもできることじゃないかも。

あ、思い出した!確かあの時、この甜菜たち皇都まで来ちゃったりしないだろうな、と思ったんだった!

来るなよ!絶対来るなよ!

これはフリじゃないからなー!

と、確かに思った。

……これってフラグじゃなかろうか。駄目だ、フラグが立っておった……。

いや負けるな!フラグに負けちゃいけないだろ、悪役令嬢として!

あらためて、皇都にまで現れるなんて、ほんとに君たちストーカーか!なんやねん根菜ストーカーズ!

なんで私について来るんだー!

はっ、そうだ。今回、甜菜たちは密航ではなく、マルドゥ先生に連れてこられたんだった。

「あの、マルドゥ先生。この甜菜たちは領地の邸に、いた……ものたちと思いますけれど、皇都へお連れになったのは、何か理由がおありですの?」

エカテリーナの問いに、荷物をがさごそして何か探していたマルドゥが顔を上げた。その手には、なんとなく見覚えのあるリボンが握られている。

「はい、本邸の皆さんに頼まれたのです。これらはお嬢様のお気に入りなので、元気にしているのをご覧になれば、お喜びになるだろうと。このリボンは、お嬢様が手ずからこの甜菜に巻いてやったものだそうですね。間違って食用にしてしまわないよう、皆に頼んでいかれたと聞いております」

あああああ。

内心で、エカテリーナは頭を抱えて崩れ落ちている。

そうですね、確かに。このリボンを目印につけて、執事になったライーサさんとか、公爵邸のシェフとか、あとレジナや猟犬たちにも、これは食べないでね!と頼んで回りましたよ。

めっちゃお気に入ってると思われても仕方ないですね……。

それと甜菜たち、すまんかった。ストーカーは冤罪だったわ。

「お気に召しませんでしたか」

エカテリーナの表情が冴えないのに気付いて、マルドゥが心配そうに言う。あわてて、エカテリーナは首を横に振った。

「いいえ、ただ少し、思いがけなく感じましたの。ですけれど、領都の皆がそのようにわたくしを気遣ってくれたとは、嬉しいことですわ」

マルドゥはほっとしたようだ。

「実を言いますと、公爵閣下のご指示なのです。閣下がアイザック博士を皇都へお連れするよう命じた書簡に、近頃なにかとご苦労の多いお嬢様のお心を和ませる案をお求めになったそうで。執事のライーサ殿を中心にあれこれ考えているところへ、ちょうどこやつらが現れましたので、あらためて見ると何か心和むものがあるということで意見が一致いたしました」

意見が一致したんだ……。

いや、それはさておき!

「お兄様のご配慮でしたの!」

「はい、元を正せば」

お兄様の配慮が、ユールノヴァ領きってのゆるキャラ甜菜たちを連れてくることに繋がるって、ギャップがすごいですが。

でもいいもん!

「わたくし苦労など少しもしてはおりませんのに、お兄様がそのように細やかなご配慮をしてくださるなんて。なんてお優しいのでしょう」

両手を頬に当てて、エカテリーナはほわほわしている。

マルドゥは笑顔になった。

「いつもながら、ご兄妹が仲睦まじくあられて何よりです」

ええ、世界一のシスコンお兄様を持って、私は幸せ者です!

と内心で声を大にしたエカテリーナは、はっと気付いた。

「まあ、ご家族がお待ちですのに、先生のお時間を取らせてしまって申し訳ないことでしたわ。どうぞお帰りくださいまし」

「恐れ入ります」

騎士らしく胸に拳を当てて、マルドゥは一礼する。

「それでは、失礼いたします」

荷物を担ぎ上げ、エカテリーナが用意した焼き菓子入りのバスケットを手に下げて、マルドゥは足取り軽く家路を辿って行った。

そんなマルドゥを、エカテリーナは手を振って見送る。

そんなエカテリーナの足元で、甜菜たちも葉っぱを振ってマルドゥを見送る態なのであった。

……君たち、人間の言葉を理解してるだろ。

どう見てもカブなのに、脳とか耳とかあるの?今さらですが、どうなっているのかしら。

そして、ストーカーは冤罪と考えるしかないけれど、それにしたって偶然が過ぎる。ライーサさんたちが考えているところへたまたま現れるとか、公爵邸へ献上する甜菜の荷馬車に紛れ込むとか。

私、何か宿命みたいなもので結ばれているんでしょうか。根菜と。

いや、なんやねんそれ。

宿命と偶然かあ。

そういえば、この世界を創造した創造神に関係の深い言葉なんだった。

――創造神は杖を振った。宿命、偶然、いずれかの鈴が鳴り、無に光が生じた。

この世界の創世神話は、こんな言葉で始まる。

……ゆるキャラのイケメン甜菜たちとはギャップがあり過ぎるのに、なんで今思い出したんだろ。創世神話と甜菜。ギャップのある単語を並べるゲームかよってくらいギャップしかないわ。

まあ、考えても仕方ないし。

なんといってもお兄様の配慮なんだから!

まずは、甜菜たちをうっかりスープに入れられたりしないよう、あらためてこの邸の皆さんに頼んでこよう。

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