322. 舞踏会の影、そして再会

アレクセイとウラジーミル。

ユールノヴァ公爵家当主と、ユールマグナ公爵家継嗣。

学園を二分する大勢力の筆頭が顔を合わせたこの状況に、参加者たちは固唾を呑んでいる。

かつてウラジーミルの父ゲオルギー・ユールマグナが学園に現れた時には、アレクセイとゲオルギーの視線が交錯し、政敵同士の間で激烈な火花が散った。

ウラジーミルは、ユールマグナの嫡男。さらに、彼の妹エリザヴェータの話によれば、すでに父親の仕事、公爵の業務を手伝っているという。アレクセイと一歳違いの彼は、ゲオルギー以上にアレクセイにとっての好敵手といえる。

……しかし二人は、目を合わせなかった。

エカテリーナは、そっとアレクセイの手を握る。

お兄様、こんな情勢になっても、元祖型ツンデレがブレないですね。一度心に入れた相手は、何があろうとデレの対象のまま。

そんなお兄様を、私は全力で肯定しますよ。妹を絶対的に愛してくれるシスコンだって、元祖型ツンデレと根っこは同じだと思いますし。

ウラジーミルをちらりと見ると、ザミラによく似た青年が側近くに現れて、何か話しかけている。あれがザミラの双子の兄、ラーザリなのだろう。

ザミラも話に入って、どことなく、ウラジーミルの関心をアレクセイから逸らそうとしているようにも感じられた。

そういえば……と思い出す。以前、アレクセイが話してくれた。この双子は昔から、アレクセイとウラジーミルの間に割って入ろうとする様子があったと。

その話をしてくれた時、お兄様は双子を子供ながら賢かったと褒めていたと思う。でも、公爵家の跡取り同士が仲良くするのを邪魔して割り込むなんて、賢いとは言えない反応じゃないだろうか。この世界でなら、大人たちが双子を不遜だと咎めてもおかしくはない。

今現在割って入っていることについては解る。ユールノヴァとユールマグナは、完全に敵対関係にある。お兄様とウラジーミル君との間に、かつての友情が復活するようなことは許してはならないだろう。

でも、昔のことは?

ただの子供の焼きもちだったら、なんか情けないぞ。今もその延長がちょっと混じってたりしない?

私はウラジーミル君のことをほとんど知らない。たった一言、言葉をかけられたことがあるきりだ。

でも、皇子が昔の出来事を話してくれたことがある。かつての彼は、内気で優しくて、お兄様と皇子の仲を取り持ってくれたと。

でも、お祖父様が亡くなった頃に大きな病気をして、そこから人が変わってしまったと。

あらためて、一体、彼に何があったんだろう。

ウラジーミル君は、お兄様と目を合わせようとしない。彼にとっても、お兄様は今でも特別なんじゃないだろうか。私の希望的観測かもしれないけれど。

お兄様が望むなら、ウラジーミル君とは関係修復ができたらいいのに、と思います。

ユールノヴァとユールマグナの間の最大の問題、ユールノヴァの財産をユールマグナが奪ったと思われる巨額の横領事件には、まだ子供だったウラジーミル君は関与していないはず。父親である現当主ゲオルギーにはきっちり落とし前をつけてもらいたいけど、あのおっさんが責任とって隠居という名の幽閉とかになり、ウラジーミル君が当主を継ぐということになれば、新たな関係を築ける可能性はあるんじゃないかな。

「お兄様」

エカテリーナはアレクセイを見上げる。

「人と人との関係は、状況によって変わるものと存じますわ。長い目で見れば、ゆくゆくは好ましい関係を築く日もまいりましょう。お兄様とあの方は、共にこの皇国を盛り立てるべき立場でいらっしゃるのですもの」

自分を気遣ってくれる妹に、アレクセイは微笑んだ。

だがそのネオンブルーの瞳にはーーあえかな悲哀が潜んでいた。

「殿下」

もう耳慣れた声がして、エカテリーナはミハイルのほうを見た。

話しかけていたのは、生徒会長アリスタルフ・クローエルだ。

「恐れ入りますが、ファーストダンスのご準備を」

「ああ、わかった」

この舞踏会で最も身分の高い者としてファーストダンスを踊るのは、当然ミハイル。ミハイルのパートナーであるフローラもファーストダンスを踊るわけで、エカテリーナは以前から本人よりドキドキしていた。

しかし今、エカテリーナは、アリスタルフのパートナーに目が釘付けになっている。

「リーディヤ様!」

アリスタルフにエスコートされて彼の傍らにいる、侯爵令嬢リーディヤ・セレズノアが、エカテリーナに微笑んだ。

「ご機嫌よろしゅう、エカテリーナ様」

超びっくり!生徒会長とリーディヤちゃん、親しかったの?

いや待て、確か生徒会長は、生徒会の仕事のために舞踏会への参加は免除されているという話だったような……。

でも、男子が足りない場合は人数合わせのために参加する、とも聞いたことがあるか。

そんな内心を読んだように、リーディヤはふふっと笑った。

「わたくし、所用のために舞踏会には欠席する予定でしたの。ですけれど、いろいろ調整がありまして、参加できることになったのですわ」

うーん。

所用ってすごく口実ぽくて、リーディヤちゃんは舞踏会には参加したくなかったんだろうな、という想像が確信にしかならないわ。皇子のパートナーを目指していたはずだもの、別のパートナーを選ぶのが難しかっただろうし……。

でも舞踏会への参加は義務で、生徒会はなるべく多くの生徒を参加させる責務があって。

リーディヤちゃんにふさわしいパートナーとして生徒会長が名乗りを上げて、彼女の参加をゲットした。と、いうことなんだろう。この二人、どちらも侯爵家の令息令嬢で身分の釣り合いは申し分ないし、美男美女だし、とてもお似合いなんじゃないだろうか。

しかし!

そつのない生徒会長にしてはミステイクでは?いや会長の役目だから仕方ないのだろうけど、皇子に声をかけるのにリーディヤちゃんと一緒は、彼女に負担では!

そんな思いで、エカテリーナはリーディヤに歩み寄った。

「それはようございましたわ。ご一緒できて、わたくし、嬉しゅうございます」

にっこり笑って、リーディヤの手を取る。彼女の視線がミハイルからずれるように、立ち位置を考えて。

「せっかくですもの、楽しく時を過ごしましょう。さすがリーディヤ様、素晴らしいお召し物ですこと。なんてお美しい」

リーディヤの衣装は確かに見事なので、エカテリーナは熱を込めて言う。

一年生ながら、皇都の社交界でも高い地位にあるリーディヤは、流行のドレスをさらりと着こなしている。『天上の青』の宵闇色をセレズノア領特産の淡水真珠で縁取ったボレロが、青みがかった銀髪のリーディヤによく似合っていた。ドレス本体は『神々の山嶺』の向こうから来た絹織物。銀糸が織り込まれた白絹は、光沢が真珠さながらという極上品だ。

「このように美しい、才能ある方とお友達になれて、わたくしは幸運でしたわ。これからも、仲良くしてくださいましね」

人を褒めるときはいつも全力なエカテリーナ。手を取られて至近距離にいるリーディヤの目がぼうっとなり、頬が赤くなった。くっ、と噛み締めるように呟く。

「来てよかった……!」

え?

「いえほほほ、光栄なお言葉ですわ。誰もが讃える青薔薇のようなエカテリーナ様の前では、わたくしなど霞んでしまいますのに」

「そのような。リーディヤ様、お上手ですのね」

ここはさらっと流すところです。

普通の事実を聞いたようにうなずいている隣のお兄様、それはさらっと流すのとは違うのですが。

お兄様シスコンだから仕方ないですね。お兄様は許されます。

そしてエカテリーナが驚いたことに、リーディヤはフローラに向き直った。

「フローラ様のお衣装も、素敵ですわ。それほど見事な刺繍、初めて拝見いたしました」

おお!

あれほど身分を重視していて、フローラちゃんに話しかけてもぎこちなかったリーディヤちゃんから、こんな言葉が!

リーディヤちゃん、どうしたの?でも嬉しいよ私は。

リーディヤの変化の理由がわからないながらも、内心で感涙を拭うエカテリーナである。

「光栄です。リーディヤ様のドレスほどではないですが」

つつしみ深く答えながらも、母と養母が丹精したドレスを褒められてフローラは嬉しそうだ。

そんな女性たちの会話を、パートナーの男性陣は見守る構えで聞いていたのだが、ふとミハイルが呟いた。

「リーディヤはなんだか、頼もしくなったみたいだ」

エカテリーナはどきりとする。ミハイルの言葉を、リーディヤはどう感じるだろう。

けれどすぐ、胸を撫で下ろす。リーディヤの笑顔が、誇らしげに輝いていた。

「それでは、そろそろ」

アリスタルフが促し、ミハイルは頷いた。

「アレクセイ、エカテリーナ、また後で。フローラ、行こう」

いよいよファーストダンス。フローラちゃん頑張って!

「お二人の素敵なダンスを、楽しみにしておりますわ」

「はい、頑張ります」

フローラちゃん頑張って、を意訳して伝えると、フローラが完璧に翻訳して笑顔になる。

アリスタルフとリーディヤがミハイルとフローラを先導する形で、四人は移動していった。

ーーそして。

そのミハイルへ、ウラジーミルが歩み寄る。パートナーであるザミラと、ラーザリを従えて。

さらには、ユールマグナを支持しているのが明らかな、伝統衣装を身に纏った二年生の一団までがそこへ集まって来ようとしていた。

あっ……。

そ、そうか。皇子にウラジーミル君が挨拶するのは当然。

今までは、皇子が政敵であるお兄様の側にいたから近寄ってこなかったけど、離れたらそりゃこの期を逃さず寄ってくるわ。

そしてリーディヤちゃん!皇子の側が負担どころの話じゃない。彼女のセレズノア家は、元々ユールマグナ家と近しかったのに、我がユールノヴァ家へ乗り換えたと見なされているはず。あんな団体に囲まれて、睨まれたり聞こえよがしに嫌味を言われたりしてしまうんじゃ?大丈夫かな。

……大丈夫だな。背筋がいつも以上に伸びてるな。後ろ姿にファイトがみなぎってる。

皇子が頼もしくなったと言ったの、こういう意味?

ほっとしつつ、エカテリーナは内心ため息をつく。

舞踏会は、まだ正式に始まってもいないのに。なんかもう、いろいろ考えるべきことが多いわ。

大貴族同士の争いって、本当に大変だなあ……。

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