317. 後始末と直前

その後も多少の後始末があった。

舞踏会でのパートナー割り当てである。

セミョーンの被害者女子たちは、めでたく夢から醒めてくれた。両頬にくっきり手型をつけて、学園中の笑い者になっている彼の姿は、夢見る女子たちを正気に戻すだけのインパクトがあったようだ。

その機を逃さず女子たち一人一人を生徒会室へ呼び出して、エカテリーナと生徒会長とで面談し、セミョーンとのことは知らないふりでただ舞踏会のパートナーが決まっていないと聞いたので……とマッチングした。皆しょんぼりしていて、舞踏会には出たくない……と言っていたが、エカテリーナが全力で宥め生徒会長が美貌にものを言わせて籠絡、ではなく説得し、なんとか全員が勧めた男子とパートナーになって舞踏会に参加することを了承した。

生徒会長の色気もさることながら、エカテリーナが言外に、セミョーンに騙されたからといって誰かが彼女たちを笑ったなら許さない……と伝えたことも大きかっただろう。

それは、エカテリーナの学園での影響力が、確固たるものになっていることの表れであった。

ただし一人だけ、エカテリーナと生徒会がマッチングをしなかった女子がいた。アセル・ベルテ、エカテリーナのクラスメイト、コルニーリーの仮婚約者である。

彼女については、コルニーリーが彼女のもとへ行き、あらためてパートナーになってほしいと申し込んだ。

少し前のコルニーリーなら自分から折れて出るなどあり得なかったし、伯爵夫人になることを夢見て挫折したアセルにちくちく言ったりしただろう。しかしアセルが予想していたそういう言葉は一言も言わず、誠心誠意で謝り倒し、本当は最初から好ましいと思っていたと口説き倒した。実はニコライのアドバイスに従ってのことだったが、それは墓場まで隠し通すべき極秘事項である。

正式な作法に則り、跪いて手を差し出してのコルニーリーの言葉は、傷心のアセルにとっては嬉しい驚きだったに違いなく、ほんのり顔を赤らめてそっとその手を取ったのだった。

そしてコルニーリーは、普段は気の強いアセルのそんな表情にドキッとしたらしい。

青春である。

なおセミョーンにも、パートナーが斡旋された。

複数の男子を手玉に取っていたが失敗して「そして誰もいなくなった」状態になり、コルニーリーのパートナーになろうといろいろ画策していた、小悪魔系詐欺師女子である。

エカテリーナもかつて、この二人で付き合っちゃえばいいんじゃ?と思ったことがあるが、そして食うか食われるかのコブラ対マングース、と思ったことがあるが、生徒会もそう考えたらしい。毒を以て毒を制するというやつか。

まあ、どちらも自己愛が強そうなので、相手にメロメロにはならないだろう。

ともあれようやくパートナー関係のことがすべて片付いて、エカテリーナとフローラは生徒会一同と共に、準備が進んだことを喜び合ったのだった。

そう、パートナー詐欺対策は、あくまで舞踏会の準備の一環にすぎない。

なんとなく流れで、生徒会室で一同お茶を飲みながらの雑談タイムになったので、エカテリーナは他の準備について訊いてみた。

地味だが一番大切な、料理の発注や給仕などの要員手配は着々と進んでいるらしい。さすが有能な生徒会メンバーだ。

「趣向についてお悩みでしたけれど、お決まりになりましたのね」

「はい……お伝えした通り、今年は『光』をテーマにということで、案をいろいろ検討しまして」

舞踏会の趣向に光を活かすと決まったのはもちろん、学園祭でのエカテリーナのクラスが光の魔力を使った演出で大成功したためだ。

生徒会長アリスタルフが、三年生の光の魔力保持者が舞踏会の始まりにちょっとした演出をしたり、会場の周囲にたくさんランタンを飾って会場へ足を踏み入れる前から雰囲気を盛り上げたりと、予算や人手をやりくりしつつできることをやろうとしていると話してくれた。

よし、光の魔力をエンタメ化する流れがきている!

エカテリーナは心の中でガッツポーズだ。

クラスメイトのユーリ君、典礼院への伝手はゲットできたけど、実際の就職まではまだ二年以上あるわけで。これからも光の魔力でイベントを盛り上げる実例を作っていかないと、安心はできない。

社畜時代、絶対やるからもう動いて!なんて言われても、大半のプロジェクトがポシャったものだったしね。でもユーリ君の場合、人生かかってるからポシャったじゃ済まないし、ここは舞踏会でも光の演出で盛り上がってほしい!

さらに言えば、光の魔力保持者にエンタメ担当としての職を得る道が定着してほしい!

「楽しみですわ。三年生にも光の魔力をお持ちの方がいらっしゃいますのね。舞踏会の演出が好評でしたら、卒業後も光の魔力で催しに華を添えるお役目に就いていただけるやもしれませんわね」

下心つきのキラッキラ笑顔で言ったエカテリーナだったが、アリスタルフの返答に内心スベった。

「彼女は卒業後は皇都を離れますし、役目に就くのは難しいかもしれませんが……。いい思い出作りになると協力してくれることになりました」

あう。

女子でしたか……今の皇国だと、貴族女性が就職することはほとんどない。的外れなことを言ってしまった。

な、ならせめて、光を使った演出をマストにする方向でひと工夫できないかしら。

ランタンかあ……この時代、夜の暗さは前世の東京とは比べ物にならない。たくさん灯りがあるだけで、参加者のテンションは上がるだろうけど。

「ランタンの光で、何か図を描くことができれば素敵ではありませんこと?星座のように」

「そういえば、ユールノヴァ公爵領での宴では、虹石の光で紋章が描かれていましたね。青い光で、とてもきれいでした」

エカテリーナの言葉に、フローラが夏休みでのことを思い出している。

「虹石ですか、さすがユールノヴァ公爵家……それなら火災の心配もなくて素晴らしいですね。我々には予算的に手が届きませんが」

生徒会長が苦笑し、エカテリーナははっと気付いた。そうだ、ランタンの多用は、火事の危険をはじめいろいろ問題があるのだった。

「当日のお天気も心配ですわね」

「そうなんです。正直、胃が痛いくらいで」

ハハハ、と笑いながらも冗談ではなさそうな顔で、会計が胃のあたりをさする。

「あちこちの神殿を回って、当日が穏やかな晴れになるよう願って寄進をしています。聞き届けていただけるかはわかりませんが」

ですよねー。

神様が実在するこの世界だが、神頼みで皇都の天気を変えるのはほぼ不可能とされている。

皇都にはあまりにも多くの神様が祀られており、いろいろな人がそれぞれの思惑で、太陽神や風の神や雨の神に晴れやら雨やらを願う。

神々の力が拮抗するのか、結果、効き目はまずないのであった。

……つまり、角灯の演出も厳しいかもしれない。

「心配しても仕方ないところを気にかけるなと言っただろう」

副会長が会計に言う。かなり武芸で鍛えたらしいごつい拳を握って、熱く語った。

「天気がどうなっても、舞踏会が始まれば必ず参加者は満足するさ。なにしろ料理が絶品だ。あの鳥肉料理ひとつとっても、一口食えば泣いて喜ぶ美味さだ!」

……前世の鉄板料理、めちゃくちゃ気に入ってくれて嬉しいです。公爵邸(うち)で試食したときから刺さりまくりでしたもんね。

「君の個人的な趣味が入りすぎている気はしますが、参加者が必ず満足してくれるという意見には同意です」

アリスタルフは微笑んだ。

「なんといっても、ミハイル殿下が参加してくださる。身分的に皇城のパーティに招かれることのない者にとっては、ご一緒できるだけで生涯の思い出でしょう」

ああ、それは確かに。

エカテリーナは深くうなずく。ユールノヴァ領での歓迎の宴でも人々は、いつか彼が即位する日に、この時を誇らしく思い出すことを夢見ていたものだった。

「それに今年は、ユールノヴァ嬢のお陰で女性たちの装いが華やかと評判ですし。主導的な立場の女性がいる場合、皆がその方を真似て似たような衣装になることが多いそうですが、ユールノヴァ嬢はそれぞれの個性を引き立てる衣装を勧めてくれると、喜ぶ声を聞いておりますよ」

「まあ……」

それは嬉しい。

ていうか、皆が一人を真似て同じような衣装にするとか、スクールカーストの同調圧力こわい。

「お二人の本格的なドレス姿を拝見するのは初めてですね。学園祭の劇での衣装もよくお似合いでした。さぞお美しいことでしょう」

アリスタルフの声音にはほのかな熱がこもっていて、あら……とエカテリーナは目を見張る。

いつも全開のお兄様の美辞麗句は至高だけど、こういう抑え気味の言い方も真実味があって嬉しくなってしまいますよ。生徒会長、貴族男子として本当にスキル高いなあ。

そういえば、この人は乙女ゲームの攻略対象者(推定)だった。ということは……。

フローラちゃんとうまくいく可能性がある⁉︎

生徒会長ルートがどういうものだったか全然わからないけど、ゲームはもう置いといて、こう二人の人柄とか相性とかで。

今の二人の好感度はわからないけど、生徒会長とならフローラちゃんは、幸せになれるんじゃないかな!

アリスタルフが聞いたらさすがにコケそうなことを、大真面目に考えるエカテリーナである。

「恐れ入りますわ。舞踏会でのフローラ様のドレスは、たいそう素敵ですの。お美しくて見惚れてしまうほどですのよ」

ドレス姿のフローラにエカテリーナが見惚れたのは事実なので、エカテリーナは胸を張って言った。

なにしろ今回のフローラのドレスは、お針子だった彼女の母が縫ったものだ。祖母の遺品のひとつだったそれがフローラのもとへたどり着いたのは、エカテリーナがひと目見てフローラに似合いそうだと思ったからで、実際に身にまとってみると、本当に花の女神のようなのだ。

隣でフローラが赤くなる。

「お美しいのはエカテリーナ様です。ドレスもアクセサリーも素晴らしくて」

「まあ、フローラ様のお目にも留まりまして?お仕事の息抜きにあれほどのものを作ってしまうのですもの、レフは本当に天才ですわ!」

舞踏会で身に着けることにしているアクセサリーは、ガラス職人レフが作ってくれたものだ。

以前もらったガラス細工の髪飾りは、ユールノヴァ領で『死の乙女』セレーネに贈ってしまった。今回は髪飾りではなく、ブレスレット。ガラスだけではなく、ユールノヴァ家ゆかりの金細工師とタッグを組んで作成されている。

どう考えても息抜きのレベルではないが、仕事を離れて頭に浮かんだアイディアを心ゆくまで追求するのは、芸術家にとって楽しいことなのだろう。

とエカテリーナは思っている。

「あら、失礼を。レフと申しますのは、わたくしのガラス工房の職人ですの。皇帝陛下から皇后陛下への贈り物を手掛けた、若き天才ですわ。驚くべき美を生み出してくれますのよ」

嬉々として話すエカテリーナを、生徒会一同とフローラが笑顔で見ていた。

「ユールノヴァ嬢は、誰かを褒める時いつもとても嬉しそうですね。こちらも気持ちが良くなります。

それほど素晴らしいなら、ぜひ拝見したい。あらためて、当日が楽しみになりました。もうひと頑張りできそうです」

もうひと頑張りという言葉の通り、舞踏会はもうすぐそこであった。

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