309. 少女たちの出陣

「もちろん、あたしひとりで充分です」

いつも通りの淡々とした口調ながら、どこか得意げにミナは言った。

「そうね。頼りにしていてよ、ミナ」

エカテリーナの言葉に、ミナの口角がわずかに上がる。常に人形のような無表情を崩さない彼女だから、これは破顔したようなものだ。

アレクセイに向かってエカテリーナが、自分の守りはミナ一人で充分、と言い切ったと聞いてから、ミナは上機嫌なのである。

「私も、及ばずながらエカテリーナ様をお守りします」

ぎゅっと拳を握って、フローラが言う。美少女がきりっと決意に満ちた表情をしていると、たいへん可愛い。

「わたくしにお任せくださいな。荒馬を鎮めるのに比べれば、人間ごとき、ちょっと蹴ってやればおとなしくなりましてよ!」

明るく言ってのけたのは、キラキラ猫かぶり令嬢マリーナである。もっとも五枚かぶっていたはずの猫はもはや、一枚も残っていないかもしれない。

「素敵ですわ。ですけれど、マリーナ様のおみ足をそのようなことに使うなど、もったいのうございましてよ」

エカテリーナが言うと、少女たちはそろって笑いさざめいた。

彼女たちが向かう先は、詐欺師セミョーンとの待ち合わせの場所だ。

ミナはセミョーンに警戒されない護衛として、フローラは侍女代わりとして同行。マリーナは、セミョーンがエカテリーナに相談したいことがあると言っていた、と伝えたことで責任めいたものを感じたらしく、相談の場にはいられなくても近くまで付き合うと言い張ってついてきてくれた。

あらためて、友達ってありがたいなー。

内心で、しみじみとエカテリーナは思っている。なにしろ、気が重いというか、どういう展開になるのか読めない場へ向かっているので、つきあってもらえてかなり気持ちが助かっているのだ。

コルニーリーがセミョーンに勝負を挑むと言い出したのを止めるために、自分が彼と会ってコルニーリーの仮婚約者アセルをどう思っているのか尋ねてみる、と言ってしまったエカテリーナだったが、言った時から内心では困惑しかなかった。

なにしろ相手が何を考えているのか、何を望んでいるのかわからない。相談したいことがあるそうだが、自分に何を相談したいというのか?まったく心当たりがない。

困る。

しかし、ちょうどセミョーン対策が膠着状態に陥っていたところだ。むしろいい機会ができたとも言える。

なにしろ、相手は詐欺師。どうにかして化けの皮をひっぺがしてやらなければ、何人もの女子の未来が犠牲になる可能性がある。

そんなことはこの悪役令嬢が許しません!

といつものセルフネタをやりつつ生徒会役員に事情を説明したところ、生徒会長アリスタルフは案じ顔をしながらも、大きくうなずいた。

「それは、今の事態を動かす大きな一手になり得ます。ナルス君がユールノヴァ嬢に会おうとしていることが、彼に騙されている女性たちの耳に入れば、動揺するに違いありませんので」

あっそうか、という感じだった。

セミョーンは未だに、被害者の誰にも正式に舞踏会でのパートナーになってほしいと申し込んではいないらしい。彼女たちは、さすがに不安になってきているはずだ。

そこへ、セミョーンが公爵令嬢と会いたがっていると噂に聞けば、どうなるか……。

苛立ちとか、嫉妬とか、一気に噴き出すかもしれない。うまくいけば、セミョーンへの不信に繋がって、自分から離れてくれるかもしれないのだ。

「でしたら、お会いすることを周りの方にお話ししてみますわ。あの方々のお耳に入るよう、生徒会の皆様もご協力くださいまし」

生徒会長、私より恋する女子の心理を解ってるなあ。外見が美人だから?モテモテイケメンだから?

私が、恋心ってものをわからなさ過ぎるのかも……。

若干、自分への理解を深めたかもしれないエカテリーナである。

そんな内心に気を取られていて、アリスタルフの呟きは聞き流してしまった。

「ユールノヴァ嬢のお立場を考えると、口うるさい人々にとやかく言われかねないため心苦しいのですが……打つ手がなかった状況ですので、お申し出に感謝いたします」

まあ、公爵令嬢が異性と会って話し込むとか、それだけでNGだったりするんだろう。という認識はあったので、するっと流したエカテリーナである。

そして、効果は明らかだった。

公爵令嬢エカテリーナが、伯爵令息セミョーンに請われて相談に乗ることになった。

という話は、あっという間に学園に広まったらしい。生徒会が広めてくれたのは間違いないが、それだけエカテリーナの一挙手一投足に、注目が集まっているということだろう。

エカテリーナが廊下を歩けば、今までとは違った視線が注がれる。

その中には、セミョーンに恋する被害者女子の姿もあった。彼女たちは一様に、傷付いたような、焦ったような、なんとも言えないもの言いたげな視線でエカテリーナを見つめてくる。

そんな彼女たちに、エカテリーナはあえて、にっこり笑いかけた。

安心させようと思ったのだけれど、それを見たあちらの表情からして、むしろ反感を持たれてしまったような気がする。それでも、彼女たちと目が合うたびに、微笑み続けた。彼女たちの焦りや怒りに、繋がるように。

特にコルニーリーの仮婚約者アセルのことは、じっと見つめてしまった。

彼がやらかしたことは許されないけど、反省してるから。なんとか落としどころを見つけてほしい!結婚まではわからないけど、今年の舞踏会だけでも!

という想いは伝わったのかどうか、アセルの表情はなんとも微妙であった。

そしてもうひとつ気付いたのは、エカテリーナを見てヒソヒソ話をする生徒たちが、少数ながらいることだ。

どうやら、二年生らしい。そういえば、リーディヤが教えてくれていた。魔法学園内部で生徒たちが、一年生と三年生はユールノヴァ派、二年生はユールマグナ派に、分裂しつつあると。

孤立しがちな立場の伯爵令息から、相談したいことがあると言われて、応じた。

ただそれだけのことが、彼らの中で、どんなハレーションを起こしているのか……。

もしかすると貴族社会的には、隙を見せたことになってしまうのかも。

そう思うと、ちょっと怖い。

エカテリーナは、高位の貴族令嬢なら幼い頃からもまれているはずの、権力闘争を知らない。自分の行動がどんな結果を生む可能性があるのか、それを想像するには、前世の社会人経験はかえって邪魔にしかならないのだろう。日本の庶民社会ではあり得ないことが起こるのだろうから。

本当の貴族社会の裏側は、エカテリーナにとってまだ未知の、ほの暗い世界に思える。それへの恐れは、どこかゲームの断罪破滅への恐れと繋がっているようだ。

安全に、賢く生きるなら、こんなことはすべきではないのかもしれない。

でも、自衛のために詐欺師が女子を食い物にするのを放置するとか、ありえないし!

私のことは、お兄様とユールノヴァ家が守ってくれる。でも彼女たちにはそんな守りはないんだから。

お兄様ほどのハイスペックなシスコン兄が、一家に一台いてたまるか!

うむ。

この期に及んでウダウダ考えてどうする。セミョーンなんて怖くない!

リアルで詐欺師にドロップキックをくれてやる機会だ!

……ドロップキックって、ジャンプして両足揃えて蹴るんだよね?無理かな、私には。前世でも人を蹴ったことなんてないしー。

いや、ミナならできるかもしれない。

マリーナちゃんも、やれちゃったりして。

私も二人を見習って、頑張ろう!

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