306. 点と線と

魔法学園で生徒たちが暮らす寮は広大な敷地内に点在しているが、男子寮エリアと女子寮エリアはかなり離れている。

詐欺師セミョーンが、何人もの女の子と森で出会っているのは、考えてみればおかしな話だった。

実はわざわざ女子寮の近くで佇んでたんかい!

女子寮の近くをうろうろするって、ただの変質者がやることだからなー!

という思考を頭の後ろに押し込めて、エカテリーナはマリーナの手を取った。

「なんと不埒な殿方でしょう。マリーナ様、不快な思いをなさいませんでしたこと?」

「詳しいお話、ぜひ聞かせてください。皆さんにもお伝えして、注意してもらうべきかもしれません」

フローラまでもが話に食いついてきたので、マリーナは驚きながらも嬉しそうな笑顔になる。

「ご心配には及びませんわ。あのようなひょろひょろした殿方、わたくしにとって恐るるに足りませんもの」

わかりみが深い。

学園祭の舞台でキレのある殺陣(たて)を披露したマリーナだ。そこらの男子生徒くらい、長い美しい足での蹴り一発で撃退できてしまうのだろう。

お嬢様は蹴りで不審人物を撃退できて良いのかという話はあるが、猫を脱ぎ捨てたマリーナはまあ……例外ということで。

「どのような方でしたの?」

「そうですわね……ひょろりと細くて、銀色がかったグレイの髪、瞳も同じ色のようでしたわ。前髪が目を隠すほど長くてうっとうしかったので、瞳の色は違うかもしれませんわね」

間違いなく、セミョーンだ。

なお、彼に引っかかった女子たちは、身体的特徴を『すらりと背が高くて細身』と表現していた。が、エカテリーナもマリーナも基準がそれぞれの兄であるため、セミョーン程度では背が高いに該当しないので削除である。

「あちらから声をかけてきましたの?」

「いいえ、わたくしから誰何いたしました。不審人物ですもの」

さすがマリーナ。けちょんけちょんである。

「そうしたら、居場所がなくて……などとおっしゃいますの。あてなく彷徨っていたらわたくしに会えた、知らないうちに光を目指していたんだ、とかなんとか。不審人物に目指して来られても迷惑ですわ」

わー、寒ーい。貴族男子の美辞麗句のはずだけど、詐欺師だと思うと寒い台詞でしかなーい。

だからマリーナちゃんの一刀両断が、清々しい!

ていうか不審人物がマリーナちゃんを目指して来るって、飛んで火にいる夏の虫だな。

と思っていたら、フローラが首をかしげた。

「その方は、マリーナ様に会うためにわざわざ寮の近くに来た……ということでしょうか」

あ……確かに。

マリーナちゃんを光とか、目指すとか、よく考えたらそうっぽい台詞だった。

でもそうすると、他の被害者女子たちとは状況が違う?

「ええ、わたくしを知っていたそうですわ」

あっさりと、マリーナは肩をすくめて言った。もともと人気者であるのに加えて、学園祭の劇でマリーナもいっそう知名度が上がっている。知られていたことに驚きはないだろう。

そんな彼女を、エカテリーナはあらためてまじまじと見た。

家は歴史ある正真正銘の名家。一時は侯爵の位も授けられたが、身分に伴う儀礼が煩わしいからと願い出て伯爵に戻してもらったこともあるというから、皇国の伯爵家の中では最も序列が高いと思われる。

家柄だけでなく、本人も明るく親切な美人。

そして、舞踏会のパートナーは兄ニコライだ。つまり、まだ婚約はしていない。フリー物件。

もしや、セミョーンの本命はマリーナちゃん⁈

ていうか、被害女子たちにちやほやされて勘違いな自信をつけて、高嶺の花を狙いに来たんじゃないだろうか。

思わず、エカテリーナはもう一度マリーナの手を握る。

「そのような方がマリーナ様に近付くなど、身の程知らずというものですわ。どうかお気を付けあそばして」

するとマリーナはカッと目を見開き、エカテリーナの手を握り返した。強めに。

「まさに身の程知らずですわ。なにしろ、あの方は……。

こともあろうに、エカテリーナ様に紹介してほしいとおっしゃいましたのよ!相談したいことがあるなどと言ってはおりましたが、不審人物がユールノヴァ公爵令嬢に近付こうなどとは……なんとずうずうしい!頭が高いと言いたくなりましたわ!」

……え。

私?

想定外の事態に、きょとんとするエカテリーナ。

そんな彼女たちの会話を耳にして愕然としている男子がいることに、この時には気付くこともできなかった。

「ユールノヴァ嬢……!」

次の休み時間にあたふたとエカテリーナのもとへやって来たのは、コルニーリーだった。

「あの、さっきクルイモフ嬢が話していた不審人物のことなんだけど。たぶん僕が知っている……というか、話を聞いている、セミョーン・ナルスという奴だと思うんだ」

えっ。正解。

と言うわけにはいかないので、エカテリーナはただ驚いて見せる。

「まあ……なぜ、エフメ様はそれをご存じですの?」

問い返されて、コルニーリーは少し困った顔をした。

「その、最近知り合った子から教えてもらったんだ。アセルが……そいつに夢中みたいですよって」

誰だバラしたの!

わかったあの子か、そして誰もいなくなった小悪魔詐欺女子!コルニーリー君を訪ねて来て何を話しているのかと思ってたら、彼のパートナーに収まるために、仮婚約者のアセルちゃんがセミョーンに引っかかったことを言ってたのか!

なんで知ってたの?あの子も森で佇んでたのかな、複数の男子と気付かれずに付き合うなら人気のないところへ行きがちだったろうから、どこかでバッティングした?

お互い同士で付き合っちゃえばいいのに。

肉食獣同士で食うか食われるかになっちゃうのかな……あっ脳内でコブラ対マングースの図に。

一瞬でそこまで考えたのち、コブラ対マングースを脳裏へ追いやり、エカテリーナは首をかしげてみせる。

「そうでしたの。ですけれど、きちんとしたパートナーがおられる殿方とは思えない行動でしたわね」

セミョーンをなんとかしたら、アセルにはコルニーリーのパートナーになってほしい。そう思っているエカテリーナは、ついついやんわりセミョーンをディスってしまった。

それに、コルニーリーは大きく首を縦に振る。

「そうなんだ!実はいろいろ、評判の悪い奴みたいで。アセルがそいつを好きなんだったら僕には何にも言えないけど、でも僕は他の子をパートナーにするのも嫌で」

言ってから真っ赤になった青少年であった。

「僕の話は聞いてくれないだろうと思ってずっと何もできなかったんだけど、あいつがユールノヴァ嬢に乗り換えようとしているなんて……いくらなんでもアセルには太刀打ちできない。知ったらどれだけ傷つくか!」

いや乗り換えって!

私?ほんとに?

話したこともないよ?ぶっちゃけ私はたぶん、伯爵家にはむしろ重荷よ?

万一そうなら、被害者女子たちのこと、セミョーンはどうするつもりなんだろう。

何も考えずに今まで引っ張ったけど、公爵令嬢がパートナーなら女子たちも諦めるだろうから、まるっと解決ー。

なんてアホな考えじゃないだろうな!

内心で混乱していたエカテリーナだったが、コルニーリーの次の言葉に仰天する。

「今度こそ、僕がちゃんとしないと。だから。

僕は、そいつに勝負を挑んでくる!」

ちょっと待った————っ!

やめて、結果が読めないことしないで!せめて生徒会の皆さんが考え中の対策とすり合わせないと。

でも、今ここでそんなこと言えない!

「お、お待ちになって!」

ちょっと待った、はちゃんと皇国語のお嬢様言葉に翻訳された。

「いけませんわ、アセル様のことをお考えになって!エフメ様、今度こそ誠実に、あの方のお気持ちを苦しめない行動をなさるべきですわ!」

「いいんだ、どうせ嫌われてるし。せめてもの詫びに、ちょっと役に立てれば」

思ったより思い詰めてた!

やけを起こすんじゃない!どうしよう青少年の思い詰め行動をどうしたらいい⁈

と悩んで、とっさにエカテリーナは言ってしまった。

「では……わたくしにお預けくださいまし!」

しまった、口がすべった。

「その方は、わたくしにご相談事があるとのことでしたわ」

口は勝手にすべり続け、その場の思い付きをすらすら語る。

「ですから、わたくしであれば穏便にお話しすることができましょう。お会いして、アセル様のことをお尋ねしてみますわ。その上で、あらためてどうすべきかを考えてはいかがでしょう。状況が解っていないのに先走っては、事態を悪くすることになりかねませんわ」

どうしよう、詐欺師と穏便にお話しって。

お兄様に怒られちゃうかも~~~。

と内心でだらだらと汗をかくエカテリーナ。

そんな内心とは裏腹に、コルニーリーは吐息をついて、うなずいた。

「ありがとう、ユールノヴァ嬢……。どうか、よろしく」

あああああ。

でもまあ、膠着状態を打開するには、会って話してみるのもひとつの手かもしれない。瓢箪から駒、奇貨居くべしになるかも。

とポジティブに考えて、エカテリーナは昼休みにアレクセイに許しをもらうことにした。

いつも通りお昼を抱えてフローラと共に向かった執務室には、騎士団長のローゼンが加わっている。皇都の近郊に動かした一団のことで報告に来たそうだ。

その場でエカテリーナは、クラスメイトのためにセミョーンに会って相談を聞きつつ話をしたい、とアレクセイにお願いした。

途端、アレクセイのネオンブルーの瞳が底光りした。

「ローゼン、騎士団を集結させろ」

「御意」

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