276. 後夜祭の始まり

後夜祭について、前世の記憶を掘り起こそうとしてみたが……あまり出てこなかった。

高校の時は文化祭の後に、後夜祭的なものがありはした気がするが、必須ではなかったので参加したことがない。それより合唱部の打ち上げが大事で、ささっと片付けてカラオケボックスにGO!していた。

大学時代も似たようなもの。規模の大きい大学だったから後夜祭も大勢で盛り上がっていたようだったけれど、キャンプファイヤーを囲んでダンスか何かをやっているらしい喧騒を遠くに聞きながら、仲のいい友達数名とゼミの研究室でささやかな飲み会をしたりしていた。

……そんな記憶と比較すると、魔法学園の後夜祭は、まったく別物のような気がしてくる。

エカテリーナは、後夜祭の会場である講堂を見回した。きょろきょろすると公爵令嬢としてはしたないので、許される範囲でそっと。

ぎっしり。

後夜祭には学校外からの来客は参加しないので、全員生徒だ。それでこの満員ぶり。

すごい参加率。

もっとも、今年は例年より参加率がかなり高いらしい。今年は急遽、特別な演目が追加されることになったためだ。

音楽神から二度目の招きを受けた歌姫、オリガ・フルールスが、出演するはずだった劇の劇中歌を歌う。

伴奏はもちろん、天才音楽家レナート・セレザール。

突然の音楽神の招きのため、クラスの劇には出られなかったオリガ。最初に招きを受けた時から、彼女の歌声を聴いてみたいと願う者は多かった。さらに、オリガの代役で出演したエカテリーナが歌った曲が評判をとったことで、劇を見られなかった生徒たちから、その曲を聴いてみたいという声が多々あがった。劇を見た生徒たちさえ、あの曲をもう一度聴きたいとそろって望んでいたのだ。

そんな空気を読んだ学園祭執行部というか生徒会から、オリガに要請があった。後夜祭でかの曲を歌ってもらえないだろうか、と。

オリガ自身、せっかく練習したのに人前で披露できないのは心残りだったようで(神の前では披露したわけだが)、そして鬼コーチ兼プロデューサー(あと婚約者)のレナートも勧めたので、快諾したのだった。

エカテリーナとしては、頭の隅にちょっぴりだが、怖い予感のする後夜祭を不参加(スルー)する考えもあった。

しかしオリガが歌いレナートが演奏するのに、スルーするなんてクラスメイトとしてあり得ない。

そんなわけで、ここにいる。

当然フローラも隣にいるが、それだけでなくマリーナ他、クラスメイト一同がひとかたまりに座っていた。オリガとレナートだけは、出番を控えて舞台裏にいるらしいが。

「オリガ様のお歌、楽しみですわね!」

マリーナが明るく言った。

聞いたところでは馬上槍試合の後、穀物袋を手にして兄ニコライを追いかけ回したらしい。簀巻きですわー!を実行しようとしたわけだ。ニコライは爆笑しながら逃げていたとのこと。

マリーナが被っていた五匹の猫はもはや爆発四散したかに思われたが、今はしれっと着用しているようだ。強い。

しかし、もともと剥がれがちになっていたとはいえ、ニコライの応援やらなんやらで五匹の猫を吹っ飛ばしてしまったマリーナは、ツンデレ型ブラコンとしてかなりのレベルではなかろうか。

マリーナちゃんてば、そんなにお兄ちゃんが好きだとお嫁にいけないよ?

自分のことを高度一万メートルくらいの高ーい棚に上げて、思うエカテリーナであったりする。

マリーナの言葉に、周囲のクラスメイトがうなずいていた。別にクラスごとに座るよう決められているわけではないのだが、他のクラスもまとまっているようだ。学園祭でひとつの催しを一緒にやり遂げた、一体感ゆえだろう。

それに、もし優秀なクラスに選ばれたら喜び合いたい、という期待もある。

エカテリーナのクラスメイトたちは、隠しきれない期待にそわそわしているようだった。

あと、学年もある程度かたまっているというか、学年ごとに座る場所が大体決まっていたりする。

ミハイルも近くに座っていて、エカテリーナに小さく手を振ってきた。エカテリーナも、そっと手を振り返す。夏休みが終わってからは毎日のように顔を合わせていたのに、学園祭が始まってずっと顔を見ていなかったので、なんだか安心した。

学年ごとにかたまっているのは、他の学校行事の時に座る位置を踏襲している。別に違うところに座ってもいいのだが、数名だけで離れて座って、気が付いたら上級生たちに囲まれているとか、気まずいというか怖いに違いない。

そのへんの感覚は、異世界の魔法学園も、前世の高校と変わらない。

そういえば、お兄様はこの場にいらしているだろうか。

忙しいのだから不参加の可能性が高いけど、学園祭に時間を割く意味がわかったとおっしゃっていたし、ニコライさんが声をかけてくれてあちらのクラスメイトと一緒にいるかもしれない。

兄の姿があるだろうかと、エカテリーナは再びそっと、会場を見回した。

残念ながら、見付けられない。三年生がいるのは二年生の向こう側。日没後の講堂内は灯りがあっても舞台以外は薄暗くて、離れたところまでは見ることができない。おそらくあのあたりから三年生――。

そこで気付いたが、どうも二年生は、やや人数が少ないようだ。後夜祭に参加しない者が、一年生三年生より多いのだろう。

そういえば、学園祭で話題になったクラスはほとんど一年生と三年生。二年生のクラスはそれほど目立っていなかった。優秀なクラスや活躍した人に選ばれる可能性が低いため、参加率が低いのかもしれない。

二年生といえば、ユールマグナのウラジーミル君は、きっと不参加。そもそも学園祭には、全く参加しなかったんだろうな。

兄に会えずにがっかりしていたエリザヴェータを思い出したエカテリーナである。

ウラジーミル君は家の仕事を手伝っていると、エリザヴェータちゃんが言っていた。もしかすると、そちらにかかりきりなのかもしれない。

彼の側仕え、色気美人のザミラはどうだろう。双子の兄ラーザリと一緒に、会場内のどこかにいるのだろうか。

エカテリーナがふとそう考えた、まさにその時――。

講堂の一隅で、こんな会話が密やかに交わされていた。

「ユールノヴァ嬢が選ばれると思うか」

「もちろんですわ、お兄様。そうでなくては困ります。あの方には高みに登っていただかなくては、遥かな、余人の及ばぬ高みに。そこまで登り詰めておられてこそ……」

赤い唇が、弧を描く。

「失墜の衝撃は、大きくなるのですから。そう、砕け散るほどに」

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