274. 最終日とその先

誰に投票するかは決めきれなかったエカテリーナだが、まずは、最終日を楽しむことにした。

本日も好天だ。秋の澄み切った空気が美しくて、どこか寂しい。祭りが終わってしまうもの悲しさが、そう思わせるのかもしれないけれど。

とはいえ十代の少年少女たちの生命力は、もの悲しさなど吹き飛ばして、早くも次のイベントへ向かっている。

学園祭が終わったら、次の大きなイベントは、翌月に控える舞踏会。

授業で習うダンスやマナーの実習の場として行われる学校行事であって、あくまで授業の一環……なのだが、生徒たちは誰もそんな風には思っていない。

当然であろう。

さらに、学園側さえも、授業と称しているのは建前ではないか。と、エカテリーナは思っている。

前々から、魔法学園は国家の罠、強力な魔力を持つ血筋を絶やさないため、強化するための、壮大なる学園コン会場ではないか……と疑っていたが。

この舞踏会、よほどの理由がない限り参加は必須。

参加者は、必ず男女一組になって、パートナーと共に出席しなければならない。

そして多感な年頃の男女が、抱き合ってダンスを踊るのだ。

婚活応援イベントでなくてなんであろうか!と、エカテリーナは思う。

いや、華やかで楽しいイベントみたいですけどね。皆でめいっぱい着飾って、きれいに飾りつけられたボールルーム――魔法学園内に存在する、年に一度のこの舞踏会のために造られた素敵な建物の中の、素敵な大広間――のシャンデリアの下で、パートナーとダンスを楽しむんだから。

女子生徒たちは、その日のドレスや髪型、アクセサリーを、何ヶ月も前から悩んで準備している。いつもの制服姿からがらりと変わって、華やかに艶やかに、変身することだろう。

いつもは学園内での飲酒は禁止だけれど、この日は解禁。シャンパンやワイン、カクテルが惜しみなく並ぶようだ。

料理も毎年とても素晴らしいと評判。

すごくキラキラしたイベント、青春の思い出になること間違いなしですね。

しかし、参加は義務で、パートナー必須。

絶対これは、婚活の山場!

ま、兄弟姉妹が学園内にいれば、家族にパートナーになってもらうほうが普通だという話もある。貴族なればこそ、学園内ではない相手との政略結婚が決まっている場合もあり、全員が婚活しているわけではない。

とはいえやはり、好きな相手に申し込もうと頑張る男子、意中の相手に申し込んでもらおうとアピールする女子、などなど、いろいろ甘酸っぱかったり塩しょっぱかったり、すでにしているのだろう。

なんといってもこの世界この時代、人生が早い。学園に入学しない場合は、十五歳で結婚してしまったりする。入学した者たちも、卒業後すぐに結婚するのがデフォルトなのだ。

エカテリーナの目にはいかにも高校生らしく見える周囲が、当然のように目の前に結婚を見据えているのは、あらためて考えると不思議というか……。

不思議がっている場合ではない、エカテリーナだってその最前線にいる。自分など眼中にないとわかっていてもユールノヴァ嬢に申し込んでみたい……と思って見つめる男子が山盛りでいるのだが、そこはきれいさっぱり自覚のないエカテリーナである。

なお、ユールノヴァ公爵家にはより正式な形で、エカテリーナへの縁談が降るように舞い込んでいる。近隣の小国の王妃に望むものすらある。

が、アレクセイが粉砕する勢いで握り潰している。

側近たちも、誰も止めない。

お嬢様の嫁ぎ先として、他国はあまりに遠すぎる。

講堂は、そこそこ混み合っていた。

「今日も盛況ですね」

「本当ですわね」

最終日の今日は、いくつか人気のクラスが揃っているようだ。リーディヤちゃんのクラスもなかなかの人気っぽい、と思いながら、エカテリーナはフローラに頷く。

実は、リーディヤとは昨日、ひとつ約束をしていた。

『エカテリーナ様!』

いろいろ展示を見て回っている中で、たまたまリーディヤと顔を合わせたのだが……エカテリーナが会釈をすると、すごい速さで近寄ってきたのだ。

走るのではなく、あくまで滑るような早歩きであるところが、すごい令嬢スキルだと思う。

本来令嬢とは、すごい速さで移動するものではないような気はするが。

『昨日の劇、拝見いたしましたわ。歌も演技も、本当に素晴らしゅうございました!』

『ま、まあ、そのような……。リーディヤ様ほどの歌い手に、そのように仰せいただいては、わたくし恐縮してしまいますわ』

声楽教師のディドナート夫人に鍛えてもらって、歌声がレベルアップしたとは思っているエカテリーナだが、リーディヤの実力ははるかに上だ。謙遜でもなんでもなく、そう思う。

しかし、リーディヤは首を横に振った。

『決してお世辞などではございません。心に突き刺さるほどの衝撃でしたわ、あの旋律、あの歌詞……!』

それでエカテリーナは、あっそうか、と思い直す。リーディヤが感動したのは、エカテリーナの歌というよりも、かの世界的名曲なのだろう。

それなら納得。というか、勘違いして恐縮なんかしてしまった自分が恥ずかしいくらいだ。

思えばあの曲は、挫折や絶望の心境を歌い上げるもの。生まれてこの方エリート人生を歩んできたリーディヤだが、先日、ずっと夢見ていた音楽神からの招きを目の前で別の人間が受けたことで、深い挫折を味わったはず。

そんな彼女の心に、あの名曲が刺さるのは必然だったかもしれない。

と、リーディヤが表情をあらためた。

『エカテリーナ様、お願いがございますの。どうかわたくしに、あの歌を歌わせてくださいませ』

直球!

エカテリーナはちょっと驚く。高位貴族のたしなみなのか、リーディヤはいつも婉曲話法で、自分からはっきり希望を言うことは今までなかったので。

『それほどお気に召しまして?』

『わたくし、思いましたの……あの歌は、わたくしの心を、歌っていると。

わたくし、幼い頃からずっと、歌ってまいりました。けれど、思い返せばわたくしは、自分の心を歌ったことが一度でもあったのか……』

呟くようなリーディヤの言葉に、エカテリーナはほんのり感動している。なるほど、きっと今まで彼女は、この世界で誰もが認める古典的な名曲大曲ばかりを教えられ、歌ってきたのだろう。

前世のクラシック英才教育を受けてたサラブレッドが、ロック音楽に衝撃を受けちゃったような感じかも?

なんて連想をしながら、エカテリーナは微笑んだ。もちろんよろしゅうございます、と言いかけて、ふと思い付く。

『ひとつ、条件がございますの』

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