273. 最終日の始まり

魔法学園の学園祭は、三日間。

つまり、三日目は早くも、最終日である。

目覚めたとたんにそれを思い出し、寂しくなったエカテリーナは思わず丸くなって、絹の上掛けの下に潜ってしまった。

こういうイベントって準備は長くかかるのに、本番はあっという間だよね……。

と思ってから、ん?とエカテリーナは首を傾げる。あっという間と言うには、あまりにもいろいろあったような。一日目も二日目も、濃い一日だったような気もする。

ま、まあ、終わってしまうのは寂しい。それは、確かだし。

過ぎてしまえばなんでも、短かったなーって気持ちになるものだもんね!

三日目はあまり予定はない。講堂でリーディヤのクラスが合唱を披露するのを聴きに行こうと思っているくらいだ。

前世で合唱部だった身として、学園祭で合唱を聴けるのは嬉しい。それに、リーディヤの独唱はきっと素晴らしいだろう。

リーディヤの歌は変わっただろうか。

完璧を超える最上の歌を求める旅……。彼女の旅路はこれから、はるかな彼方まで続くだろう。その第一歩を聴くのが楽しみだ。

あとは、皇子の模擬店。

昨日は行列に並んだら前の人が次々に先を譲ってくれて、その気遣いにびびって逃げてしまったけれど……今日は最後の機会。絶対に行きたい。行って食べて、あとで皇子に美味しかったって言ってあげたい。

けど……行けば昨日と同じ展開になる気しかしない。ユールノヴァ公爵家の威光、凄すぎないだろうか。わーん、どうしたらいいんだろう。

他にはもう心残りはないし、それだけなんとかなれば、楽しい学園祭だったで終われる……。

と、思ったエカテリーナは、はたと思い出した。

三日目で最終日の今日は、後夜祭があるんだった!

学園祭終了後ということで、いろいろ表彰があるそうだ。生徒来客を問わない参加者の投票で選ばれた、優秀なクラスや、最も活躍した人……。

乙女ゲームに出てきたやつだよ。すっかり忘れてたー。

上掛けの下で、エカテリーナは頭を抱える。

悪役令嬢なのに、劇に出ちゃったし。私、どうなるんだろう。

いやでも、ヒロインのフローラちゃんは、どう見ても皇子ルートには入っていない。だから、悪役令嬢といっても私はモブ同然。気にしない気にしない。

……でもなんか、思いがけないことで出る予定のなかった劇に出ることになったりするし、どうしても安心できないよう。

なんかこの話、しょっちゅう頭の中でぐるぐると、同じようなことばっかり考えてる気がする。なんて非生産的なんだ!

でもでもだって~……。

ついつい、上掛けの下でぐねぐねしてしまうエカテリーナ。

そこへ、声がかかった。

「お嬢様、お目覚めですか」

びたっとエカテリーナは動きを止める。

そして淑やかに身を起こすと、メイドのミナに微笑みかけた。

「おはよう、ミナ」

そして、悩んでいたことのひとつは、朝飯前に解決した。

朝食を運んできたミナが、いつも通りの淡々とした口調で、こう教えてくれたのだ。

「さっき、ミハイル皇子殿下の遣いが来ました。あの目の細い、ルカっていう従僕です」

「まあ!どんなご用?」

「昨日、列に並んだけど周りに譲られて、困ってらしたのを聞いたそうです。それで、無理はしないでほしいとのことでした。後日あらためて、あの東屋でゆっくり時間をとって食べてもらいたいそうです」

「そう……!よかった、どうしたらいいかしらと案じていたところだったの」

そういえば、模擬店に来られなかったら後日あの東屋で……って話、確かにしてたね。なんか、せっかくの学園祭だから祭りの雰囲気の中で楽しみたい、って思ったのがすっかり固定観念になってしまっていた。

思えば模擬店だと、皇子本人には会えないもの。一緒に食べて味の感想を直接伝えられれば、そのほうがいい。さすが皇子!

「ありがとうミナ、わたくし安心したわ。ミハイル様は、いつも行き届いた配慮をしてくださって、本当にご立派ね」

まだ十六歳なのに社会人も顔負け!という感心を込めて、エカテリーナは言ったのだが。

「……お会いになる時にはあたしもご一緒します」

ミナがなぜか固い決意をゴゴゴと発しつつ言ったので、きょとんとなった。

「そうね、お兄様がご心配なさらないよう、ミナにも一緒に来てもらわなければ」

でも、皇子の手料理を食べさせてもらうのに、なぜ手厚い警護が必要なのだろう。どうしても解らないエカテリーナであった。

それにしても。

乙女ゲームのシナリオ……もうずいぶん忘れてしまったけれど、思い出してみると、学園祭で最も活躍した人に選ばれるとその後の舞踏会で皇子のパートナーになれる、という流れがあった。

今この人生で考えると、あれって謎。表彰されたからって、皇子のパートナーになれるというルールなんてない。

ふと想ったけど、そんなルールがあって、選ばれたのが男子だったらどうなるのかしら。一同困惑するしかないような。

……って。今、スマートに男子をリードして踊っちゃう皇子を想像した私の頭!何をやっておるのか!

最近、皇子に感心することが多いもんだから……。こんな状況でも皇子ならなんとかしてくれそう、という信頼感は確かにあるわ。でもこれはなんか違うだろ。

違うにもほどがある、ミハイルが知ったらさすがのロイヤルプリンスも頭を抱えそうなことを、真面目に考えるエカテリーナである。

ていうか、最も活躍した人、皇子自身が選ばれるんじゃ?模擬店の盛況ぶり、すごいし。

ここでエカテリーナは、はっと気付いた。

そうだ!

私も投票しなくっちゃー!

せっかくの学園祭だもの、しっかり参加しておきたい。

どうしよう誰に投票しよう。

活躍した、っていうと昨日のお兄様が素敵すぎて……。

あっでもフローラちゃん!劇では聖女として大活躍してくれた。なにより、舞台で真っ白になった時に助けてもらった、大きな恩があるし。

でも恩といえば皇子にもいろいろ……慣れない料理を頑張っているんだろうなあ。青いエプロン着けて……ふふ。でも料理を食べていないのに、普段からお世話になっているからって投票はよくないか。

うーん、いっそダークホース的な人へ?光の魔力で頑張ってくれたユーリ君、実は最も活躍した人にふさわしいかもしれない。

でもやっぱり!誰か一人を選ぶなら、お兄様を選びたい。だって私、ブラコンだものー!

あああ、悩ましい!

……という平和な悩みで頭が一杯になったエカテリーナは、後夜祭についての懸念を、すっかり忘れてしまったのだった。

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