267. 騎士たち

りょうりょうと吹き鳴らされる角笛の音が、馬上槍試合の始まりを告げる。

他国ではこういう場合、前世と同じく金管楽器でファンファーレを鳴らすことが多いそうだが、皇国では伝統的に角笛だ。

角笛の奏者を務めているのは、アレクセイのクラスメイトの一人であろう。角笛を鳴らすには多少の技術が要るが、学園には角笛同好会的なものがあるそうで、演奏方法が受け継がれている。さすが最高学年、なかなかの音色だ。

そして、騎士たちが入場してきた。

会場である馬場は広い。前世のサッカーコートくらいある、とエカテリーナは思う。長方形の外周が柵で囲われていて、長辺の一辺に沿って観客席が設えられている。エカテリーナから見て左手の、長方形の短辺が簡易な入場門になっていた。

二列に並んで入場門をくぐった騎士たちは、馬の足並みを揃え、悠然たる歩様で威儀を正して進んで来る。

きゃーっ!という歓声が上がった。

騎士は総勢八名。全員が輝く甲冑に身を固め、その上に色鮮やかなマントをまとっている。マントの色は全員異なり、赤、青、白、黒、黄、緑、紫、朱色と花のごとくだ。

彼ら一人一人の傍らには、やや軽装の防具を身に付けた従者役が、大きな旗を掲げて付き従っていた。

八名の従者が晴天に高々と掲げる旗の色は、従う騎士のマントの色と同じ。本来はマントには騎士の紋章が、旗には騎士が所属する騎士団の紋章が描かれる。しかし今回は、すべて魔法学園の校章が刺繍されていた。おそらくここでも、刺繍が得意な女子たちが針仕事にいそしんだのであろう。

従者たちも足並みを揃え、行軍のようにきびきびとした動きで、騎馬の傍らを進んでいる。

騎士たちは皆、華やかな兜飾りのついた兜を小脇に抱え、片手で手綱をとっていた。

学園の制服姿とは、別人のよう。中世の絵物語から抜け出てきた、伝説の武人たちのようだ。

で、エカテリーナは内心でそれはもうきゃーきゃー叫んでいた。

(お兄様素敵ー!かっこいいいーっ!)

アレクセイは、ニコライと並んで列の先頭を進んでいる。先頭は、列の大将のような位置付けだ。飛び入りの代役がこの位置というのは、普通はない。

しかし、ユールノヴァ公爵アレクセイを『従える』ことなど、クラスメイトの誰にできよう。

二人は、見事な対照を成していた。

見るからにたくましい、武人然とした風格のニコライ。赤い髪、金色の瞳に、赤いマントがよく映える。口元には不敵にして、温かな笑み。

対して、すらりとした長身、抜身の剣のような雰囲気を持つアレクセイ。水色の髪、水色の瞳。常と変わらぬ冷ややかな無表情、さながら名工が刻んだ氷像のように、冷たくも輝かしい。

アレクセイのマントの色は青。皇国では高貴な色とされるその色を、ユールノヴァ公爵がまとうのは当然と言えるだろう。

白皙の美貌に、今は片眼鏡はない。兜を被る都合上だが、もともと彼の視力に問題はないため支障はないのだ。自ら光を放つようなネオンブルーの瞳は、湧き立つ歓声など知らぬげに、ひたと前を見据えていた。

騎乗しているのは皇都でのアレクセイの愛馬、大きな体格の芦毛の駿馬だ。公爵家の厩舎から、急ぎ連れてきたのであろう。芦毛とは灰色の毛並みのこと、馬が歩みを進めるたび筋肉がうねり、毛並みは陽の光を浴びて銀色にも見える。

均整のとれた長身を包む甲冑は、騎士たちの中でもひときわ見事だ。実用に耐える堅牢さを備えているのが見てとれるが、芸術品のように精緻な装飾が施され、磨きぬかれて白銀のように輝いていた。

腰に、長剣を佩いている。その柄に、絹のハンカチが結ばれていた。冷ややかな威厳をたたえる氷の騎士の、そこだけが温かく、微笑ましく見えた。

「お兄様……!」

エカテリーナは思わず声を上げる。

まるでそれが聞こえたかのように、アレクセイが初めて観客席を向いた。

そして、妹と目を合わせて、優しく微笑んだ。

きゃーっ!

「きゃーっ!」

……ん?

って、もう解ってますよ私は。お兄様のクラスメイトのお姉様方ですね。私の後ろにいらっしゃるんですね。

でも……自分のクラスの催しなのに、なぜ最前列あたりでなく、私の後ろにいらっしゃるのでしょうか。謎。

もう一人の大将として隣に並ぶニコライは、アレクセイに優るとも劣らない存在感を放っている。

彼の身長、体格はアレクセイよりさらに大きい。そんな美丈夫が、馬上でマントをひるがえす姿は、まさに威風堂々。

ニコライの馬は、輝くような栗毛の見事な駿馬だが、魔獣馬ではなかった。クルイモフ家といえば代々、魔獣と馬を交配させた魔獣馬を産する、皇帝陛下の御馬係。クルイモフの魔獣馬は、速力、持久力、知能など、一般の馬とは比較にならない高い能力を誇る。ニコライはその家の嫡子だ、彼の本当の愛馬は魔獣馬のはず。が、ここで使ってはあまりに不公平であるから、別の馬を連れてきたのだろう。

と、ニコライが片手を上げた。

うおーっ!と野太い声が上がって、エカテリーナは驚く。観客席ではなく、馬場を囲む柵の周囲に、大勢の男子が集まっていた。

……観客席に女子が多いと思ったら。

ニコライが上げた手の、二の腕を守る甲冑に、赤いリボンが結び付けられていた。

これもおそらく『貴婦人』からのお守りのはず。誰からだろう……とエカテリーナが思った時、こんな声が聞こえてきた。

「閣下ー!お兄様なんか、ギタギタにのしてしまってくださいませー!」

……マリーナちゃん。

猫、猫。五枚被ってたはずの猫が、すっかり解散しちゃってるぞ。

そしてマリーナちゃん、そんなこと叫びながら、髪に飾っているそのリボン。お兄さんのニコライさんとお揃いだね?最前列のかぶりつきで、いつから場所取りしてたの。

クルイモフ家の兄妹も、シスコンブラコンの気があると思っていたけれど。

マリーナちゃん、王道ツンデレタイプのブラコンか!

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