268. 馬上槍試合 騎士の誓い

アレクセイが事前に伝えてくれた通り、まずは試合ではなく、観客を楽しませるパフォーマンスに近いものが始まった。

八名の騎手と、その対である八名の従者が、馬場の中央に整然と並ぶ。

と、従者たちが大きく鬨の声を上げて、旗を空へと突き上げた。

そこから、従者たちが旗を大きく振り始める。八名がぴたりと動きを揃えて色とりどりの旗をなびかせ、自分の身体を支点に大きく旗を旋回させたり、八の字に振ったり、さらには旗棒の中心を掴んでバトントワリングのように回したりと、まるで群舞のようだ。観客席から見下ろすと実に華やかで、かつ力強く、見応えがある。

「素敵!お見事ですわ!」

「はい、とってもきれいです!」

観客席から歓声が上がり、エカテリーナとフローラも思わず叫ぶ。

と、横からノヴァクが教えてくれた。

「お嬢様、これは実は、戦場での指揮官の下知を知らせる動きの訓練なのです」

「まあ!」

指揮官が自軍に突撃や撤退などの指示を知らせる方法はいくつかあり、天候や時間帯、地形などに応じてどれかを選択する。皇国の主な方法は角笛だが、旗を振って知らせる場合もあるのだそうだ。

そうなんだ!この世界で昔の戦記とかを読んでも、そういう指示は角笛の奏者が伝える場面ばかりだったから、知らなかったわー。

「とはいえ今の皇国では、馬上槍試合は祝宴の彩りであることがほとんど。こうした旗振りも、見栄え重視になっておりますが」

「それは素敵なことですわ。平和が一番ですもの」

お兄様が実戦に出陣とか負傷とか、ダメ絶対!

というエカテリーナの内心を夢にも知らず、ノヴァクは重々しくうなずく。

「まことに、仰せの通りですな。時間帯によっては、旗でなく火振りを行うこともあります。鎖のついた鉄の籠に、固めた藁などを入れて火を付け、振り回すのですが、宵闇の中で火の粉を散らして炎が躍る様も美しいものです」

そちらは、敵の砦に火を投げ込む攻撃の訓練なのだそうだ。

うーむ、思った以上に軍事演習の名残りがあるんですね……。

歴女としてめっちゃ楽しいです!

歴女的には楽しい解説タイムの後、旗手たちが再び鬨の声を上げて、旗を投げた。

馬上の騎士たちがそれを受け止める。脇に抱えていた兜はすでに着用していて、完全武装の姿で片手で旗を掲げ、片手で手綱を握っている。

騎士たちが動き出した。

ニコライを先頭に、騎士たちは一列になって色とりどりの旗をなびかせ、速歩(トロット)で外周の柵近くへ、そこから駆歩(キャンター)で走り出す。

蹄の音が轟いた。鼓動のような、地鳴りのような。

甲冑を着た騎士の重みゆえか、八騎にしては馬蹄の音が低く重く、観客席にまで振動となって伝わって来る気がする。

己の色の旗を掲げて、騎士たちはゆったりと馬を駆けさせている。それだけの光景が、美しい。

馬蹄の音をかき消すほどの歓声が上がった。騎士たちが、観客席の前に差し掛かったのだ。

赤の騎士、ニコライが駆け抜ける。近くで見ると改めて、ひときわ勇壮だ。皆が彼の名を呼び、拍手し、喝采する。

「お兄様!」

ひときわ大きな声でマリーナが兄を呼んで、大きく手を振っていた。ツンデレ妹のデレのターンであった。

そして、青の騎士。

アレクセイが観客席の前を駆ける。きゃーっ!と上がった声は、もはや嬌声だった。

エカテリーナももちろん叫んでいる。公爵令嬢としてはしたないが、自分は公爵令嬢かそれともブラコンか?と自問自答すれば迷わず、私はブラコンだ!と答えるエカテリーナなので。

エカテリーナの前を通過する時、アレクセイが手にした青の旗をぐっと突き上げた。

「お兄様ー!」

エカテリーナは思わず立ち上がって手を振る。というかぴょんぴょん跳ねてしまう。

直後に我に返って、いやさすがにぴょんぴょんは駄目だろう……と真っ赤になって両手で顔を覆ったのであった。

「エカテリーナ様、騎士様たちが」

はっ!いけない、お兄様の素敵シーンを見逃してしまう!

フローラの声に、即時復活して顔を上げるエカテリーナ。フローラは、エカテリーナの扱いに慣れつつあるかもしれない。

騎士たちは馬場の外周に沿って一周した後、中央で円を描くように馬を走らせていた。八色の旗をなびかせた八騎の人馬が、ほぼ正確な円を形作っている。

騎士に扮していても彼らは十七、八歳の少年たちだというのに、見事な馬術だ。さすがこの時代の貴族男子。それだけでなく、この日に向けてニコライがクラスメイトを鍛えていたのだろう。

それにやすやすと合わせるお兄様、さすがです!

その後、騎士たちは円を解き、観客席を向いて再び整列した。

ニコライが馬を進め、前へ出る。

大きく、声を発した。

「我ら、皇国の騎士たる者!」

観客はしんと静まり返り、ニコライの声は朗々と響き渡った。

 

「偉大なる祖国と皇帝陛下に身を捧げ、

敵を前にして退くことなし!

慈悲深き貴婦人に心を捧げ、

愛と平和を守り尊ぶ!

騎士たる者、忠義たるべし。

騎士たる者、弱者の守護者たるべし。

騎士たる者、正義たるべし。

騎士たる者、名誉のために死を恐れざるべし!

我ら皇国の騎士たる者!

祖国、主君、貴婦人に、勝利を捧げるべく闘うことを誓う!」

応!

七人の騎士たちが、ニコライの言葉に賛同の声を上げる。

ガン!と金属音が轟いた。七人の騎士たちが籠手を着けた拳で甲冑の胸を叩いたのだ。

一斉に歓声が上がる。観客席が揺れるかに思えるほどの。

エカテリーナも思わずきゃーきゃー叫んでいた。

あああああかっこいいーっ!

ニコライさんはもちろんだけど、甲冑姿で胸に拳を当てているお兄様も素敵!

歴女としてブラコンとして至福です!

そして騎士たちは、いったん退場して行った。

白と黒の二騎を残して。

ついに、試合が始まる。

你的回應