251. 聖女vs悪役令嬢

舞台の上では、反対側の舞台袖から現れた聖女一行が、水魔と樹魔の縄張りを占拠した者たちを探している。

「そんな者たちは、わたしがやっつけてやります!」

「いいえ、まずは話し合わなければ」

元気よく言ったマリーナ演じる猿魔を、フローラ演じる聖女がたしなめる。

まさにその時、舞台に高笑いが響き渡ったのだった。

「おーっほほほほほ!」

口に手の甲を当て小指をちょっと立てて、完璧な悪役令嬢笑いをかましながら、エカテリーナは舞台に登場する。

「わたくしに御用のようですわね。ですけれど、話し合いなど笑止ですわ!」

カッ!と靴音を響かせて、悪役令嬢は聖女と相対する位置に立ち止まった。腰に手を当てて胸を張り、つん、と顎を上げる。口元には蔑むような笑みが貼り付いていた。

悪役、参上!

そのエカテリーナを、ユーリの魔力がスポットライトとなって光で包んだ。

あんぐり、とマリーナおよび男子二人(水魔役と樹魔役)の口が開いた。

彼らの心境を言葉にすれば、「誰⁉︎」もしくは「エカテリーナ様、ご乱心‼︎」ではなかろうか。

そして、「これ、どうしたら⁉︎」かもしれない。

本来の悪役令嬢役オリガは、小さくて可愛らしくて、強気な台詞もまったく板についていなくて、『どう見ても悪役ではない』がポイントだった。

だからオリガが登場すると、聖女一行は『あれ?』と戸惑い、敵対しながらも、どこか庇うように気遣うように接する。威嚇してくるチワワをあしらう感じで。

それを稽古でずっと繰り返してきたのだ。

そこへ現れた、ガチの悪役。迫力満点、台詞が台詞と思えない本気感(リアリティ)。強そう。

庇っている場合ではない。

さらに、エカテリーナが悪役令嬢の衣装を着たところを、彼らが見たのはこれが初めてだ。衣装が出来上がったのが開演直前、一度試着してすぐ着替えてしまったので、衣装係以外その姿を見ていない。

悪役令嬢の衣装の色は、黒と青。本来のオリガの衣装だった時は、ほぼ黒一色だった。が、急な直しで黒い布が足りず、瑠璃色を足している。袖や、裾や、胸元に。エカテリーナがユールノヴァ公爵家の商業流通長ハリルを引き込んで、そのスポンサードにより『天上の青』の布地をいろいろ提供してもらっていたので、豊富だったのだ。

衣装係によれば、衣装のデザインコンセプトは『黒い炎』とのこと。エカテリーナが内心『厨二……』と呟いたのは言うまでもないが、炎をイメージしたヒラヒラした黒い飾り布がたくさんついたドレスは、白雪姫の継母か、眠れる森の美女を呪う魔女か、邪悪な印象なのだが美しい。ヒラヒラした裾や袖にうまく瑠璃色を交ぜ込んで長くした工夫が、まるで夜空。山際だけにわずかな青を残して黒に染まった、月のない夜の空のようだ。

いや、月のない夜というには、衣装係の計測ミスなのか瑠璃色の布を足したはずの胸元が、エカテリーナ史上最大にばーんと開いてしまっているのだが。史上最大といっても、未婚の高位貴族令嬢としてギリギリありな程度ではあるのだが、傲然と張った胸の谷間の深さは、悪女にふさわしい罪深さだ。

アレクセイがよくエカテリーナを喩える『夜の女王』は宵闇の女神だが、今のエカテリーナはさながら、闇夜に君臨する女王様の迫力だった。

お猿たちは固まったまま。

しかしそんな一行の中から進み出たのは――聖女だった。

聖女アネモーニを演じるフローラは、言うまでもなく乙女ゲームのヒロイン。庶民として生まれ育ちながら、貴族ばかりの学園で、さまざまな難局を乗り越えて攻略対象者とハッピーエンドを迎え得るポテンシャルの持ち主だ。

そのポテンシャルは劇でも発揮され、聖女の役を演じてまったく危なげない。脚本兼演出のエカテリーナが、『フローラ様は思う通りに演じてくだされば、それが聖女様ですわ』とすべて任せたほどだ。

悪女エカテリーナに対応しなければ、劇が成り立たない。ぶっつけ本番にもかかわらず、フローラは聖女として、悪女との丁々発止の闘いを受けて立つべく動いたのだ。

聖女アネモーニの衣装は純白。フローラの桜色の髪と紫水晶の瞳だけが色彩だ。聖女にふさわしい清らかさ、可愛らしく優しげな中に芯の強さをのぞかせる彼女が、背筋を伸ばして凛と立ち、悪役令嬢と正面から向き合う。

色彩は対照的ながら、美しさではいずれ劣らぬ二人の少女。

フローラも、ユーリのスポットライトに包まれた。

「この地に暮らす者たちを追い出し、不当に留まっておられるとか。なぜそのようなことをなさるのです」

「貴女の知ったことではありませんわ!」

語りかけた聖女を、悪役令嬢はぴしゃりとはねつける。

「そうはいきません。人々が苦しんでいます」

聖女も一歩も退かない。普段は親友同士の二人が、ここでは敵対者、好敵手となって、火花を散らしている。

「ふん!苦しめばよいのです」

悪役そのものの台詞を言い放つと、悪役令嬢は片手を高く掲げた。

「もはや、問答は無用。さあ、皆の者!」

呼びかけて、白い繊手を振り下ろす。

「やっておしまい!」

太鼓の音が効果音として轟き渡り、影絵で表現された魔獣の群れが、舞台の奥の壁にいい感じの迫力で映し出された。

「ま、待て!」

ようやく我に返ったお供三名が、魔獣の攻撃をかいくぐりつつ、きびすを返して去ってゆく悪役令嬢を追いかけようとする……という演技をする。

しかし、悪役令嬢のお供として側にひかえていたレナートが、片手を振った。それに合わせて舞台に閃光が走り、三名はダメージを食らって倒れる(という演技をする)

レナートも去り、お供三名は跳ね起きて二人を追おうとするのだが、それを止めたのは聖女だった。

「お待ちなさい。いったん退きましょう」

「なぜ退くのです、あれくらい倒せます!」

逸る猿魔に首を横に振り、聖女は悪役令嬢が去った後へと視線を向ける。

「あの方、悪い人間とは思えないのです」

相手の悪役令嬢がオリガだから、成立するはずの台詞だったが。

不思議と、説得力を持って観客に受け入れられたようだった。

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