250. 天晴ると書いてテンパると読む

(自信を持ってテンパってます!)

持ってはならないところに謎の自信を持ちながら、エカテリーナは急いで着替えている。

理不尽なうらやましいスタイルの公爵令嬢が、人々の行き交う舞台裏で着替えるという危険な事態に、衣装係の女生徒たちが総出で目隠しの布を掲げて防衛してくれていた。うっかりポロリをやってしまうと、目撃者をアレクセイが抹殺してしまう危険が微存……いや、そこそこ洒落にならないのでありがたい。しかしたいへん邪魔な集団になっているので、急がなければならない。

メイドのミナがテキパキと着せてくれるのが、ありがたい限りだ。……いやここにミナがいるのはおかしいのだが。挨拶を終えて舞台袖に戻り、ミナからいつも通りの無表情で悪役令嬢の衣装を差し出された時には、テンパるあまり普通に受け入れかけた。

『ありがとうミナ、すぐに着替えて……なぜここに!?』

ナチュラルノリツッコミを披露してしまったエカテリーナである。

ミナはただこう言った。

『お嬢様のお召し替えはあたしの仕事です』

アレクセイの従僕イヴァンも、ミハイルの従僕ルカも講堂に来ているのだが、エカテリーナはそれを知らない。学園では使用人から世話を受けられるのは皇族か公爵家の令息令嬢のみ、皆の前で特別扱いを見せつけるような真似はどうなのか。すぐ帰ってもらうべきでは?でもこの状況だしどうしたら!とテンパりに拍車がかかったあげく。

えっとえっと今は非常事態だし!

いろいろとお空に放り投げて、ミナに着替えさせてもらうことにしたエカテリーナであった。

そこに、わあっ!と歓声が聞こえてきた。

問題発生ではなく、驚きと、感嘆の声だ。思わず動きを止め、今ごろ舞台はどの場面、と考えてエカテリーナは微笑んだ。

(やったね、ユーリ君)

きっと、光の魔力の演出が初めて入った場面だ。聖女を追い払おうとする水魔と、マリーナ演じる猿魔の、戦闘シーン。

両者が構える武器にボウッと光が宿り、打ち合わせると閃光が散る。

ドン、ドンと効果音として鳴らされている太鼓の音が聞こえてきた。この世界でも音の演出は、劇にはつきものだ。レナートの特訓を受けた音響係は、手に汗握る緊迫感を盛り上げている。

それに合わせるように、わあっ、わあっ、わああ……!と歓声は上がり続けていた。この国に今まで存在しなかった、光のエンターテイメントは、観客の心をわしづかみにしたようだ。

ひときわ大きな音響と歓声と共に、拍手がわき起こる。

猿魔ゴ・クーは見事、閃光の一撃で水魔を討ち果たしたらしい。

どうにか悪役令嬢な衣装を着終わって、舞台袖に向かった時には、わあ……とため息のような感嘆の声が上がっていた。

見ると、フローラ演じる聖女アネモーニの手のひらから二つの光の珠が浮かび上がり、猿魔にやっつけられた水魔と、その相棒で元々傷付いていた(という設定の)樹魔、両者のところへ舞い降りてゆくところだ。フローラの聖の魔力も白い光を発するが、このほうが舞台映えする形で聖女の慈愛を表現できるということで、ユーリの光の魔力で演出することになった。

その幻想的な美しさに、観衆がため息をついている。

光の珠が二人に吸い込まれるように消えると、水魔と樹魔が「治った!」と叫んで飛び跳ねた。観客席からは拍手が湧く。完全に物語に入り込んでくれたようだ。

「お客様方は、すっかり夢中ですわね!」

「無理もありませんわ。このような演出、国立劇場でも見たことがありませんもの!」

「本番はお稽古よりも素敵ですわね。レイ様、お見事ですわ!」

衣装係の女子たちが抑えた声で、けれど興奮を抑えきれず口々に言う。

本当に見事だ。ユーリは、本番に強いタイプなのかもしれない。けれど、もしかすると観客の反応に舞い上がって、魔力を使いすぎている可能性もある。

「どなたか、レイ様にお伝えくださいまし。最後までの魔力の配分にご注意ください、御身が案じられますわ……と」

エカテリーナが小声で言うと、女子の一人がはっとした表情になって、うなずいた。

「お伝えいたしますわ」

ユーリは、講堂の側面にある保守用通路の、天井裏まで続く細い階段の半ばに陣取って、舞台を見ながら魔力を放っているはずだ。ちょっと足元が怖いその場所に、女子は果敢に伝令として急ぐ。

舞台では、聖女と猿魔が樹魔から怪我の理由を聞き、水魔と樹魔の縄張りを奪った者たちを追い払って二人を元の居場所に戻そう、と言って反対側の舞台袖へはけて行った。

いったん幕が下り、場面転換。場つなぎに狂言回しのソイヤトリオが、ど派手ドレスの裳裾を引きずって幕の前に登場。鶏冠トサカのような、ど派手な飾りがついた帽子も着用だ。本人たちの気合で、ある意味サマになっているから立派であろう。

その姿だけで笑いを取り、状況説明とそうよそうよと言う台詞は観客にあまり聴こえなかったようだが、本人たちは満足そうで、再び幕が上がると同時に胸を張って舞台からはけた。

次の場面は、禍々しい森の中という設定だ。大道具係が作成した、それらしい背景が設置されている。

悪役令嬢と仲間たちが元の住民を追い出して占拠してるここに、聖女一行がやってくる。

そこに、悪役令嬢が高笑いと共に登場!……する予定。

と思ったとたん、エカテリーナの心臓が勝手にバクバク鳴り始めた。

高笑い……皆の前で悪役令嬢そのものの姿を見せるって……考えてみたら最悪のフラグなんじゃ?

どうしよう、なんて選択をしちゃったんだ私のばかー!わあん、わーん、怖いよー!お兄様助けて……!

エカテリーナは、ぎゅっと拳を握り込んだ。目を伏せて、ゆっくりと震える息を吐く。吐いたら、吸う。繰り返す。

しっかりしろ。今さらまた、こんなこと考えてどうする。

頑張れ。私は一度、別の人生を生きた。生まれ変わったこの人生、お兄様がいて、みんながいて、幸せなこの人生。こんなにも恵まれた、幸せな日々。その有り難さを、私は、ちゃんと、知っている。

その恩返しと思って、頑張れ。

悪役令嬢という呪縛は、今は忘れて。

頑張れ自分!頑張れ‼︎

エカテリーナは顔を上げた。

「大丈夫?」

悪役令嬢の側近役、レナートが横に来て囁く。エカテリーナはうなずき、微笑んだ。

「もちろんですわ」

背筋を伸ばす。

「さあ――参りましょう。驚かせて差し上げますわ」

そしてエカテリーナは、レナートを従えてつかつかと舞台へ歩み出て行った。

你的回應