236. 皇子カフェ

「楽しそうだね、エカテリーナ」

いつものようにお昼を渡したミハイルにそう言われて、エカテリーナは目をぱちくりさせた。

「わたくし、そんなに楽しそうに見えまして?」

「うん、生き生きしてる。キラキラしてるよ」

き……キラキラ?

私、悪役令嬢なんで、そんな風に言われると違和感しかないんですけど。もしやうっかり稲妻出してる?

あやふやな顔のエカテリーナがフローラへ視線を送ると、桜色の髪の美少女はにこにこしてうなずいている。

「私もそう思います。エカテリーナ様は輝いていらっしゃいます。クラスの皆が頑張っているのも、エカテリーナ様とご一緒できるのが嬉しいからですよ」

フローラちゃん……。

さすがヒロイン、なんて清らか!

クラスの皆が頑張っているのは、婚活アピールとか、本人の将来に利になるっていう計算もあってのことだからね?なんなら、ユールノヴァ公爵家への就職狙いかもしれないな、って子もいるからね。まあ皆、楽しんでくれているのも確かだと思うけど。

だがそれがいい!

公爵家(うち)への就職狙い、使える人材だってところを見せてくれればアリですとも。私だって前世で就職戦線を戦った身、お祈りメールにため息ついた身ですから。大学時代をのんきに過ごして、ギリギリで就活始めて苦戦しちゃったので、一年生から頑張っている彼らは偉いと思うし、見どころあると思います。

なんて思っているアラサーな私より、フローラちゃんのほうがキラキラですよ。紫水晶みたいな瞳がキラキラだよ。可憐!

……しかし私もなんか、嵐の中にいるような日々なんだけど。これぞ学生時代のイベント、こうこなくっちゃ!くらいの気持ちで、楽しんじゃってるかも。

なにより、社畜時代の炎上案件対応でデスマーチな毎日と比べたら、全然、気楽なもんですよ。

「君は公爵令嬢らしく落ち着いているように見えるけど、そうやって忙しそうに駆け回っている時の方が楽しそうだ。性に合っているんだろうね」

うっ!

し……性に合うというか、社畜の性という気が。

私、今でも社畜なのかしら……社畜魂。魂が社畜。

それはちょっとかなしい。

「あの、決して悪いことじゃないよ。母上も、元は公爵令嬢なのに片時もじっとしていないような人だから……」

エカテリーナの表情が沈んだのを見て、あわてたようにミハイルが言う。

「本当に、悪い意味で言ったんじゃないんだ。君が前にリーディヤのことで、せっかくの学生生活を楽しんでほしいって言っていたのを思い出して。君はまさに学生生活を楽しんでいるんだなって思って、なんだか嬉しくなって……それだけだよ」

夏空色の髪を掻くミハイルは、珍しく困っているようだ。いつもそつのない彼のそんな表情に、エカテリーナは笑みを誘われる。

「敬愛する皇后陛下と同じと仰せいただき、光栄に存じますわ。ミハイル様のクラスは、学園祭で何をすることになりましたの?」

話を変えると、ミハイルは明らかにほっとした顔をした。

「うちは、軽食を作って出すことになったよ」

ああ、つまり模擬店かあ。

ピョートル大帝が召し出した少年少女が、それぞれの故郷の料理を大帝や他の子たちにふるまった故事に由来する……はずだけど、今はもちろんそんなことは忘れられて、流行りの料理とかお菓子とか、自分たちが食べたいものを作って出しつつ、ちょっとしたお店屋さんごっこを楽しむ感じらしい。

皇子が模擬店……ロイヤル模擬店。ふふ。

「作るのは簡単な物だけど、広いテントを借りてテーブルを置いて、店らしくすることになった。食べ物を運ぶ給仕用の服を、女子がわざわざ作ってくれるんだ。張り切っている」

……ここにも裁縫の腕前をアピールしたい女子たちがいるわけね……。

ふむ。劇の衣装よりウエイターの服のほうが、近くで見られるから腕前のアピールには効果が高いかも。そこまで考えてクラスの催しを決めたのだったら、策士だわ。あっぱれ!

そういえばうちのクラスの衣装係の皆さん、男子の採寸をしなきゃってきゃーきゃーしてたな。皇子の採寸なんて、それはもう大騒ぎになるんじゃないかなー。

ていうか皇子が料理を持ってきてくれたりしたら、大変なんじゃ……。ロイヤル模擬店というより、メイドカフェならぬ皇子プリンスカフェ?

大変。大行列必至ですよ。

「もしやミハイル様も、給仕をなさいますの?」

「それもやってみたかったけど、いろいろとね」

その答えに、エカテリーナはああと思い当たる。警備上の問題だろう。普段は部外者立ち入り禁止の学園だけれど、学園祭では外部からも多くの人がやってくるのだから、得体の知れない人物の前に皇子がほいほい出て行っていいはずがない。

「でも一番やりたかった役目をやれることになったよ。調理係なんだ」

「まあ!ミハイル様がお料理を⁉︎」

「君がいつも楽しそうだから、僕も作って人に食べてもらうというのをやってみたくなったんだ」

うわーロイヤルプリンスの手料理!

なんという稀少価値!

「ミハイル様、料理のご経験は……」

「ないけど、これから教わって頑張る。だから、ぜひ来てほしいな。日頃のお礼に、僕が作ったものを君に食べてほしい」

ミハイルは熱心に言う。

コック帽をかぶってボウルの中の何かをこねるミハイルの姿が頭に浮かんで、エカテリーナはふふっと笑った。

コックさんな皇子、ちょっとかわいいかも。

「必ずうかがいますわ。ですけれど、きっと、大盛況ですわね」

皇子が作ったロイヤル料理が出る皇子カフェも、大行列必至なのは間違いない。入れないかもね。

「もし来られなかったら……学園祭が終わった後でも、作るから食べてくれないかな。時々使う、あの東屋ででも」

「まあ……」

エカテリーナは目を見開いた。

毎日のようにおすそ分けしているとはいえ、そんなにお返しがしたいなんて、義理堅いねえ。

わかるけど。もらいっぱなしって、落ち着かないよね。

「ありがとう存じます。その時には、ぜひ」

エカテリーナが微笑んで言うと、ミハイルはなんとも嬉しそうな笑顔になった。

その後アレクセイの執務室で、エカテリーナがミハイルとこんな会話をしたと話すと、むすっとした表情になったアレクセイがこんなことを言い出すことになる。

「私も料理をしてみようか。殿下より上手く作ってみせよう」

大陸間弾道ミサイル級の衝撃で、その場の全員が吹っ飛ぶことになろうとは。

まだ夢にも思わないエカテリーナである。

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