278. 後夜祭・開票結果(個人)

劇で主役を演じたフローラのほうが、クラス代表として舞台に行ってもらうのにふさわしいのでは……と思ったが、そのフローラをはじめマリーナやクラスメイト全員が、キラキラした眼差しを向けてくれているので言い出せなかった。

う……となる気持ちを押し殺して何食わぬ顔で立ち上がり、舞台へ向かう。

他のクラスの生徒たちからも、次々に祝福の声をかけられながら、エカテリーナは落ち着かなかった。

うーん……なんだろう、このなんとも落ち着かない感じ。

前世の社畜SE精神かしら。SEって黒子というか裏方で、作ったシステムがうまくいけば褒められるのは発注した人、SEなんていなかったような扱い。でもシステムがトラブル起こした時には責任を取るのはSE、ってな感じで、晴れがましい扱いを受けることはほぼない存在だったから。

特に私は、炎上案件の火消し役ばっかりやってたからなー。目に見える逆風なしで人前に出るって不安。

……って我ながら悲しい習性だな!

あと、破滅フラグが怖いし。

ああそれから、今生のエカテリーナが、人が多いところが怖い引きこもり令嬢だったことも、いまだに残っているのかも。公爵領での祝宴とかで大勢の人がいても大丈夫だったのは、お兄様が一緒にいてくれたからだったんだわ。

わーんお兄様ー。

はっ!

そうだお兄様が見ているかもしれない!私がクラスの代表として舞台に立てば、お兄様はきっと喜んでくれる。不安とか言っていないでしゃんとするんだ!ブラコンだろ自分!

などと考えているとはとても思えない、優雅な足取りでしずしずと舞台に上がるエカテリーナ。観客席に向き直って淑女の礼をとると、満場からあらためて拍手が湧いた。

アリスタルフが会釈してくる。その口元に楽しげな笑みがあるような気がして、エカテリーナはなんだか嫌な予感に襲われた。

観客席に向かって左からリーディヤ、ニコライ、エカテリーナの順に並ぶ。

ニコライが温かく笑いかけてくれて、エカテリーナも笑みを返した。大柄なニコライの向こうに隠れてしまってあまり見えないリーディヤにも、笑顔を向ける。

ちゃんと気付いたリーディヤは澄ました微笑みをエカテリーナに返したのち、何やら冷たい視線でニコライを一刺しした。まるで邪魔者を見るような、殺気のこもった目だ。

セレズノア侯爵家とクルイモフ伯爵家の間には、何か遺恨があるのだろうか。と、エカテリーナは内心で首を傾げる。

おそらく、そういうことではない。

優秀なクラスの代表が揃ったところで、次は最も活躍した人の上位三名が発表される。

お兄様が選ばれるかしら、いやここはヒロイン力でフローラちゃんかも、でもヒロインなら三位ではなく一位かな、他にも私の知らない誰かが活躍していたかも、誰だろう!とわくわくドキドキしたエカテリーナ。

アリスタルフが告げたのは、皇子ミハイルの名前だった。

わあっと歓声が上がる。

ミハイルのクラスの模擬店は、連日大行列だった。ロイヤルプリンスの手料理を食べるというレア体験がしたくて並んだ人々は、イベントの記念のような感覚で、投票用紙にミハイルの名前を書き込んだのかもしれない。

皇子という身分でありながら、裏方である調理担当として学園祭期間のほとんどを黙々と作業に費やしたミハイルに、観客席からは称賛の声が相次いでいた。

しかしエカテリーナは、彼が一瞬見せた表情にはっとしている。

ミハイルが座っていた席は舞台にほど近く、舞台の灯りが届く位置だ。後夜祭が始まる前に手を振り合ったので、彼がそこにいることはちょっと意識していた。だからアリスタルフがその名を告げた時の、ミハイルの表情に気付けたのだ。

その瞬間、彼が見せたのは、諦観――だったように見えた。

……きっと。

君は、楽しかったんだろうね。学園祭の三日間。

ただの生徒の一人のように、裏方として調理をして。そうしている間、ひととき皇子という立場を忘れることができていたんだろう。皇帝を継ぐ者としての重圧を忘れられる、夢のような時間だったのかもしれない。

でも。それが『活躍』と評価されてしまった。

裏方でどれだけ頑張っても、普通の生徒なら、これほど票を集めることはあり得ないだろう。模擬店で調理をするのは当たり前のこと、けれど君は、当たり前のことをしただけで特別と見なされる。

どこまでいっても、君は、特別な存在。

夢から醒めたような気持ちで……けれど皇子としての自覚や責任感を強く持っている君だから、午睡の夢のように楽しんだわずかな『普通』すら泡と消えてしまっても、仕方がないと諦めたんだろう。

すぐにミハイルは立ち上がり、その時には彼の表情は、ロイヤルスマイルに変わっていた。周囲に感謝の笑みを振りまきながら、舞台へ歩み寄って来る。

活躍した人に選出されたものは、優秀なクラスの右に立つことになるようだった。つまり、ミハイルはエカテリーナの隣に来る。

ミハイルは、エカテリーナの前を通る時に、笑顔を見せた。観客席からは見えない向きで、苦笑混じりの笑みだった。

エカテリーナは同情を込めて微笑む。そっと言った。

「ミハイル様のお料理をいただける日を、楽しみにしておりますわ」

それを、番外編みたいに一緒に楽しもうね。

私にとっては、君は友達だよ。ほんの一時でも、重圧を忘れてくれたら嬉しいよ。

込めた想いは伝わったようで、ミハイルの笑顔は柔らかなものになった。

エカテリーナの隣に並んだ時には、ミハイルは再びのロイヤルスマイルだ。皇族の矜持として頭は下げることなく、笑顔で観客席に手を振る。

きゃーっと黄色い声が上がった。

しかし……ミハイル皇子殿下が三位。

一位と二位は、誰だろう。

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