271. 馬上槍試合 貴婦人

アレクセイの芦毛の馬とニコライの栗毛の馬、いずれ劣らぬ駿馬が地を蹴った。蹄の音を轟かせて、駆ける。

速力は同等。馬場のほぼ中央で、両者は三度斬り結んだ。

鋼鉄がぶつかり合う音が、高く響き渡る。

今回はどちらも駆け去ることなく、その場に留まってさらに打ち合った。文字通りの、火花散る闘いだ。

よく訓練された軍馬は剣撃の音にも衝撃にも動じることなく、主人の動きに合わせて小刻みに出ては引き、引いては出る。馬同士も闘っているかのようだ。まさに人馬一体。

エカテリーナの耳に聞こえるのは、バクバクと鳴る心臓の音ばかりだ。わずかに時折、周囲の歓声が潮騒のように打ち寄せるのみ。

隣のフローラが心配そうに寄り添ってくれたが、珍しくも礼を言う余裕すらなく、組んだ両手をきつく握り合わせて、兄の闘いを食い入るように見つめることしかできずにいる。

その様子はどこか、幼い子供のようだった。

打ち合う騎士たちは互角と見えたが、じりじりとアレクセイが押されている。ニコライの見るからにたくましい体躯は伊達ではない、パワーでは彼が上回る。

防戦に回るアレクセイが、強い一撃に体勢を崩した。

ここぞとニコライが剣を振りかぶる。

エカテリーナは悲鳴のように叫んだ。

「お兄様ーっ!」

アレクセイのネオンブルーの瞳は、バイザーの下でひときわ強く光ったに違いない。

ニコライの剣が奇妙な動きで逸れ、アレクセイは素早く馬を後退させて体勢を立て直した。

自分の剣を見下ろすニコライ。その刀身が、氷に包まれていた。

アレクセイが魔力を放ち一瞬で生み出した氷により、剣が想定外の重さになったことで、ニコライの動きがぶれたのだ。

刀身をニコライの炎が包み、氷はたちどころに溶けて剥がれ落ちた。

しかしそこへ、氷の槍が飛来する。

炎での防御は間に合わない。恐るべき動体視力と膂力で、ニコライは剣を一振りして氷槍を叩き斬った。見事に一刀両断、氷槍は真っ二つになって落ちる。

その間に、芦毛の馬を駆ってアレクセイがさらに間合いを広げていた。

魔力で闘うには程良い距離だが、実はニコライにはハンデがある。火属性の魔力は、殺傷能力が高すぎるのだ。実戦では有利だが、相手に大きな怪我など負わせるわけにはいかないこうした試合では、使いにくい。

並みの相手ならば、一気に間を詰める手もある。しかしアレクセイは、魔力、武術、馬術すべてに優れている。無謀な攻め込みは、通用しないだろう。

守りに入るのは、ニコライのほうとなった。

観戦する人々から、両者に応援の声が飛ぶ。

やや、アレクセイへの声援が増えているようだ。柵の外にいる男子たちは最初ほとんどがニコライを応援していたが、アレクセイの実力を目の当たりにして、意外性に惹きつけられたらしい。これもギャップ萌えだろうか。

観客席の女子たちは、もともとアレクセイ派が多い。

そこへ、声が掛かった。

「お兄様!」

豊かな声量の、少女の声。マリーナだった。

「頑張ってー!勝ってくれなきゃイヤーっ!」

ニコライはそれを聞いた時、兜の下で、おそらく笑っただろう。

魔力が張り詰めるのを感じ取って、観客はどよめいた。火属性の魔力で、攻撃を?

炎が生まれ、高く燃え上がる。アレクセイの前、少し離れた地面に。

炎は瞬く間に左右に広がり、アレクセイの後ろで繋がって円環を描いた。

――炎はその輪の中に、アレクセイを捕らえたのだ。

観客は大きくどよめく。

土属性などの魔力の持ち主なら、相手を閉じ込めることはある。その場合は、いったん壁を築けばそれ以上は魔力を消費しない。

しかし火属性は、炎の檻を維持するためには、魔力を注ぎ続けなければならないのだ。魔力量によほどの自信がなければ、できない戦法だった。

アレクセイの芦毛が、さすがに怯えた様子でいななく。

思わず、エカテリーナは立ち上がっていた。

「お兄様ー!」

アレクセイが手綱を絞って芦毛を鎮めた――と思うや、魔力が放たれる。青白い光のように目に見える気がするほど、強烈な。

炎の檻を打ち破って、アレクセイの前方に氷の柱がそそり立った。

人々が、またもどよめく。

「お兄様!」

エカテリーナとマリーナ、騎士の貴婦人である妹たち。

その声が、期せずして重なった。

「頑張ってー!」

声援の先では、ニコライが栗毛を駆けさせてアレクセイに迫っていた。氷の柱を避けて回り込み、自らが生み出した炎に突っ込む。

栗毛の馬が、跳躍した。

武装した騎士の重量を背に乗せながら、ニコライの卓越した馬術と栗毛の高い能力により、人馬は炎を越える。

だがアレクセイも、待ち受けていた。

二人の剣が打ち合わされる。ニコライはそのまま駆け抜ける。

炎の円環が、ふっと消えた。

観客たちは静まり返り、騎士たちを見つめている。ニコライが馬を止め、自分の手を見下ろしていた。

アレクセイが、剣を掲げる。

その刀身は厚く氷に覆われ、そして、その氷にからめとられてもう一本――ニコライの剣が貼り付いていた。

剣を打ち合わせた、その一瞬。

絶妙のタイミングでアレクセイは魔力を放ち、自分とニコライの剣をもろともに凍り付かせて、奪い取ったのだ。

神業のようなアレクセイの魔力制御に、観客は驚愕と感嘆の叫びを上げる。

そして、視線はニコライに集まった。

剣を奪われても、魔力という武器は残る。皇国の馬上槍試合のルールでは、彼はまだ敗北してはいない。

ニコライは天を仰いだ。

そして、両手を上げた。

降参の意思表示だ。

勝者、アレクセイ・ユールノヴァ。

きゃーっ!

思わず、エカテリーナはぴょんぴょん跳んでしまう。

マリーナの声が聞こえた。

「簀巻きですわー!」

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