270. 馬上槍試合 長剣、魔力

馬場の簡易な入場門に、アレクセイとニコライが現れる。

それまでの三組の騎士たちも凛々しい姿だったが、二人の美丈夫の甲冑姿は、物語の英雄のようだ。

かたや白銀の鎧に青いマント、いかにも貴族的な優雅と冷酷を感じさせるアレクセイ。

かたや赤銅色の鎧に赤いマント、いかにも武人らしく力強い、頼もしげなニコライ。

両者とも兜は被っているが、バイザーは上げていて、落ち着いた表情が見て取れる。

観客席の女子たちも馬場外周の柵外にいる男子たちも、一斉に歓声をあげた。

もちろんエカテリーナも叫んでいる。

「お兄様ー!」

アレクセイのネオンブルーの瞳が、真っ直ぐにエカテリーナを見た。ハンカチを結び付けた長剣の柄に手をやって、微笑む。

きゃー!

「きゃーっ!」

お姉様方……。

ちょっと慣れてしまった自分が怖いかも。

柵外の男子からは、ニコライへの声援が多く飛んでいる。観客席の女子たちからはアレクセイへ、華やいだ声がひっきりなしだ。だがニコライへの声援も、決して少なくはないようだった。

「お兄様!」

マリーナが叫んでいる。兄妹揃って豊かな声量の持ち主なのは、広大な牧場を駆け回って育ったからなのかもしれない。

ニコライがにっと笑い、赤いリボンを結び付けてある腕を上げた。

「負けたら簀巻きにしますわよー!」

マリーナちゃん……。

五匹の猫が彼女を見上げて『フレーメン反応』の顔をしている図を、幻視してしまったエカテリーナであった。

ニコライは笑っている。

この兄妹らしいなあ、とほっこりしたエカテリーナだが、ふと気付いた。

昨日、世界一素敵なお兄様はどちらのお兄様かで、エリザヴェータちゃんと大人げなく言い合ってしまったけれど……。

ニコライさん、ウラジーミル君以上の強敵では!

お兄様とはタイプが違うとはいえ、兄属性としてかなり強力。これはいけない、世界一のお兄様はお兄様です!

絶対に負けられない戦いがここにもあったー!

アホな気付きで燃え上がりかけたエカテリーナだが、すぐ我に返った。

いや、ニコライさんはお兄様というより兄貴キャラだった。世界一の兄貴はニコライさん、世界一のお兄様はお兄様で、平和に住み分けが可能だったわ。

うん!世界一のお兄様は、お兄様です!

我に返っても、そもそもおかしいエカテリーナであった。

勝手に住み分けが決められたとは夢にも知らず、アレクセイとニコライは、馬場の中央で少し離れて向き合う。

アレクセイがバイザーを下ろし、秀麗な顔とネオンブルーの瞳が見えなくなった。

ニコライも同じく、バイザーを下ろす。

赤と青の旗を手にした従者たちが、両者の中間地点に駆けてきた。背中合わせになり、旗を掲げる。

しん、と静寂が満ちた。

どくん、と大きく心臓の音がして、エカテリーナは胸を押さえる。

向き合う二人の騎士、腰には長剣。

竹刀どころか、木刀どころか、鞘の中身は刃を潰しただけの鋼鉄の剣であるはずだ。斬れはしなくとも強度と重さから、殺傷能力は間違いなく、ある。二十一世紀の日本とは安全基準がまったく異なるこの世界で、兄とニコライは闘おうとしているのだ。

ここに至ってその事実が、大きな不安と共にエカテリーナに突きつけられる。

どくん、どくん、と心臓の音は響き続けていた。

時間の流れが、やけに遅く感じる。

しかし、ついに。

赤と青の旗が、振り下ろされた。

二名の従者は全速力で離脱する。

アレクセイとニコライが、同時に剣を抜き放った。

馬が駆け出す。赤と青が交錯する。

剣の切っ先が軌跡を描き、二人は真正面から斬り結んだ。

鋼と鋼が激突する、硬質な音が響き渡る。

ニコライがわずかに速く、アレクセイが防いだようだ。観客が上げる歓声の中、馬はそのまま駆け続けて両者はすれ違い、こすれ合う刃に火花が散った。

エカテリーナは、上げかけた悲鳴を押し殺している。この世でただ一人の兄に、剣が振り下ろされたのだ。

馬場の端と端で、アレクセイとニコライは反転し、互いを視界に捉えている。

間合いは充分。

(あ)

エカテリーナは目を見開いた。見えない稲光のように、魔力が奔るのを感じて。

両者の中間付近の中空に青白い光が生じ、そこから氷の槍がニコライ目がけて撃ち出される。

魔力ではアレクセイが先制、ニコライは防ぐ側。

観客が悲鳴のような声を上げる中、槍の前に炎が生じた。

ニコライの魔力属性は火。氷の槍に絡みつくように渦を巻いて、炎は喰らい尽くすかのように氷を溶かす。溶けて細りながらも槍は目標のもとへ到達したが、ニコライが手甲で弾いただけで折れて落ちた。

その時には、馬を疾走させたアレクセイが、ニコライの目前に迫っている。

アレクセイが剣を振り下ろし、ニコライが防いだ。

鋼と鋼の間に再び火花が散り、アレクセイを乗せた芦毛の馬は留まることなく駆け抜けて、再び離れる。

この時には、馬場の周囲の観客は皆、沸き立っていた。メジャーなスポーツで国の代表チームを応援している国立競技場のような興奮ぶりだ。

「いや、お見事ですな。前の三組もなかなかのものでしたが、このお二方はやはり違う。魔力、武術、馬術、どれをとっても一級品です。学園で見られるようなレベルの試合ではない」

ノヴァクが唸った。

「閣下の力量はよく存じ上げておりますが、あちらも大したものです。さすがはクルイモフ家のご嫡男。皇帝陛下の御馬係であり、陛下が親征されることがあればしばしば先馬を務めてきた家柄に、ふさわしい力量をお持ちです」

先馬とは、先導のことだ。親征とは皇帝が自ら軍を率いて戦に出ること。

皇帝の先導を任されるほどの人物を、輩出してきた家柄。クルイモフ家が代々の皇帝から培ってきた信頼が、どれほどのものかが窺える。ニコライの人柄と力量は、その家の跡取りたるに確かにふさわしい。

いつもなら歴女の血を滾らせる話題だったが、兄が心配なエカテリーナは気もそぞろで、相槌ひとつ打てずに試合を見つめるばかりだ。

しばし相手の出方を伺う様子だったアレクセイとニコライが――。

動いた。

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