241. 青薔薇と黒水仙

女性としてはやや低め、少しハスキーな大人っぽい声だ。

婀娜っぽい、なんていう古い言葉が思い浮かぶ。そんな、色香がほのめく声音だった。

誰だろう?

声の主に目をやると、エカテリーナと同じように学園祭執行部へ申請をしに来たらしい、一人の女生徒と目が合った。

青みがかった黒髪が、腰まで流れ落ちている。瞳の色も青みがかった黒、切れ長の目、通った鼻筋、唇があざやかに赤い。声にふさわしい、大人っぽい美貌の持ち主だ。

にっこりと微笑みかけられて、エカテリーナも笑みを返した。

……私も、これでも悪役令嬢なんでけしからん体形なんですが……何か負けている気がする。いやあちらはむしろスレンダーな体形で、中性的な感じまであるのに。なんか色気がこう、滴るように……。

級章からして二年生。年上ではあるけれど、十六、七歳でこれってすごいなー。

私、性格が色気ないからなあ。体形を性格で相殺してしまって、体形の無駄遣い状態になってる?

……という割にはそこらじゅうで男性を赤面させているのだが。単に自覚がない、という発想には至らないエカテリーナである。

「これはマグナス嬢。私がおうかがいしますので、しばしお待ちを」

アリスタルフが言ったが、色気美人はふふっと笑った。流し目でエカテリーナを見る。

「どうぞお気遣いなく。それよりもわたくし、ユールノヴァ様とお話ししたいですわ。せっかく、幸運にもお会いできたのですもの。

高貴なるお方、お初にお目にかかります。わたくし――ザミラ・マグナスと申しますの」

――っ。

マグナスという名は知っていた。ユールマグナ公爵家の分家であり、忠実な側近だと。警戒すべき対象として、アレクセイが教えてくれていたのだ。

「わかりました。それでは後ほど」

アリスタルフはうなずき、書記の女生徒に目線を移す。女生徒はうなずいて、ザミラから書類を受け取ろうとしていた手を下ろした。そして席から立ち上がる。

「それでは、わたくしは少し外させていただきます」

用事があるような急ぎ足で、彼女は生徒会室から出て行った。

そうなるともう、エカテリーナはザミラと歓談するしかない。するしかない、という心境は、たかが十六、七歳の女の子と会話をするだけにしては大袈裟というか、アラサーのくせに余裕に欠けるが……なんとなくそう思わせるようなものを、ザミラは持っているのだ。

「エカテリーナ様?」

フローラがそっとエカテリーナに寄り添う。

エカテリーナは微笑んだ。

「フローラ様、申し訳のう存じますけれど、申請はお願いしてよろしくて?」

「もちろんです」

うなずいたフローラは、ちらりとザミラを見た。何か……不思議なものを見るように。

ザミラの視線は動かない。エカテリーナへ向けた笑みは小揺るぎもせず――フローラを黙殺した。

なるほど。ユールマグナ家はセレズノア家と同じく、身分差を明確にすることが国家安寧の礎になるという考えを持っていると聞いていたけど、実地で確認できてしまったわ。

「マグナス様とおっしゃいますのね。ご家名は存じておりましてよ、ユールマグナ家の分家でいらっしゃるとか」

エカテリーナは微笑む。ユールノヴァ領で過ごした夏休みに自然と身についた、公爵家の女主人然とした鷹揚な笑みだ。

「ご存知でいらしたとは光栄ですわ」

ザミラの笑みが深くなった。

「貴女様は、今の学園で最も高貴な女性。そして今や、学園の注目の的でいらっしゃいますもの。学園祭では歌劇を上演されると聞いて、お姿を拝見するのを楽しみにしている方が大勢いらっしゃるとか」

「まあ……わたくし、出演はいたしませんのに。裏方の一人にすぎませんのよ」

小首をかしげて、エカテリーナは困惑したように言った。実際、困惑している。

公爵令嬢だし、ガラスペンの関係で名が売れちゃったのかもしれないけど。せっかく逃げ切った劇への出演が再燃したらどうしてくれるんだ。

「変更の申請に来られたのですから、やはり出演なさることになったのでは、と期待いたしましたのに」

残念そうにザミラは言う。

「お祖父様であるセルゲイ公ゆずりのご才知をお持ちと評判ですもの、さぞ斬新な劇になることでしょう。最も活躍した人に選ばれるのは、決まっているようなもの。そうなれば、後日の舞踏会で皇子殿下とファーストダンスを踊るのは、貴女様ですわね」

やめてー!

微笑みは維持しているものの、内心でエカテリーナはムンクの『叫び』をやっている。

いや、実はあれは絵の人物が叫んでいるのではなく、聞こえてくる叫びから耳を塞いでいるポーズらしいんだけど。

それはさておき、ユールノヴァ領ではなんとか逃げ切ったファーストダンスがまた!

自動追尾装置がついているかのように追ってきたー!

「そのようなこと。先ほど申しました通りわたくしなど、活躍というほどのことはできませんわ。上級生の皆様方が素敵な企画をなさいましょうし……マグナス様のクラスはどのようなことをなさいますの?」

困った時には相手に投げ返すに限る。

「まあ、ほほほ。ユールノヴァ公爵令嬢である貴女様と、しがない子爵家の娘とでは、周囲の注目は比べ物になりませんのよ」

あっさり投げ返された。

そこで、エカテリーナはおっとりと首をかしげて見せる。

「わたくし、よく解りませんわ。学園では身分に囚われることなく、すぐれたものは評価されるはずですもの」

これは、真面目な話だ。乙女ゲームでは、男爵令嬢のフローラが単独行動でやったことで選ばれていた。この世界はゲームの中そのものではないようだけれど、過去の学園祭でも最も活躍した人に選ばれるのは、身分が高い生徒とは限らなかった。

さらに、エカテリーナは一歩踏み込んでみた。

「ユールマグナ家にも、ご令嬢がおられますわね。お名前は、確かエリザヴェータ様。きっと素敵な方であろうと、お会いしたく思っておりますのよ」

ザミラが唇の両端を吊り上げる。意図した以上に、宣戦布告のように響いてしまったようだ。

その時、生徒会室の扉が開いた。

「エカテリーナ」

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