359. 駆け抜けた予感

アレクセイと別れたエカテリーナは、マグダレーナに手を引かれて皇城を案内してもらった。
皇后直々に、皇城を案内してもらう。これは大変な厚遇だ。
エカテリーナが皇室と複雑に絡み合った血縁関係にある、準皇族ともいえる三大公爵家の令嬢なればこそ。いやその身分であってさえ、通常ならここまでの扱いを受けることはないだろう。それだけの身分であるにもかかわらず初めての登城であること、その裏にある知る人ぞ知る事情。なにより今、ガラスペンや『天上の青』の流行、学園祭での斬新な歌劇の大成功と、社交界の話題をさらっている存在。
これだけの理由が、重なっているからこそだ。
話題の令嬢が、初めて皇城に現れた。
実はマグダレーナに付き従う夫人たちのほとんどは、この後のお茶会とは関わりがない。それでも、後日の社交界で人々に最新の話題を提供して羨まれるためにエカテリーナの姿を見ておきたいと、本日わざわざ登城してきたのであったりする。
なんなら皇城は、いつもより少し登城してくる人々が多いかもしれない。
もちろんエカテリーナは、そういうことに全く気付いていない。
その夫人たちはエカテリーナとマグダレーナとは少し離れて、後からついてきていた。マグダレーナがそれを望んでいるのを察してのことだろうが、本人たちも推しと少し離れて何かを語り合いたい様子だ。
その雰囲気に、ふとエカテリーナは思う。
もしかしてこの奥様方に、いつもきゃーっ!とおっしゃるお兄様のクラスメイトのお姉様方の、お母様が混じっていたりしないかしら……。
「何か気になることがあって?」
マグダレーナにそう訊かれて、エカテリーナはあわててかぶりを振った。
「いえ、ただご縁と申しますか、思わぬ繋がりに感じ入っておりましたの。領地で宴を照らしてくれた虹石のシャンデリアに、皇城で再会するとは思いもよらぬことでございましたので」
「あら、ユールノヴァにも虹石のシャンデリアがあるのね。懐かしく思ってくれたなら、良かったこと」
マグダレーナは微笑む。
「ユールノヴァの賢公、ヴァシーリー公が献上したものだそうよ。発明家ジョヴァンニ・ディ・サンティが設計したものを、彼の弟子が皇都で製作したのですって」
「まあ、領地の虹石シャンデリアも、発明家が製作したものでございました。大きく明るいものでしたけれど、これほど優美なデザインではありませんでしたわ。この美しさは、賢公が主君への敬意を表したものと存じます」
思い出深い名前に笑顔を浮かべて語りつつ、『彼』の弟子という言葉にエカテリーナはむずむずする。高名な発明家ジョヴァンニ・ディ・サンティが、実はジョヴァンナという女性だったという歴史上の裏話は秘匿すべきだが、伝えたらマグダレーナはきっと驚きつつも喜ぶだろう。
「でもヴァシーリー公は、どれほど要請しても発明家を皇都へ出仕させることはなかったそうよ。特許の仕組みを考案したことなどから賢公と称されているけれど、それも発明家を手放さないためだったと言われているそうなの。当時の皇帝は賢公の義理の兄に当たるのだけれど、発明家を巡って大喧嘩になったことがあるのですって」
エカテリーナの内心に気付いてはいないだろうが、マグダレーナはそんな話をして笑う。
出仕はさせられないですよね、女性とバレたら大変なことになるし。
なにより愛する伴侶でしたんで……。
無言で微笑みながらも、エカテリーナは再びむずむずしてしまう。
もしかすると、いつかマグダレーナに事実を伝える日が来るかもしれない。
虹石シャンデリアが設置されているのは、ちょっとした規模の宴が開ける広間だ。ここも美しい壁画で飾られている。広間の奥には大きな窓が並んでいて、冬の空が広々と見えていた。
「こちらへおいでなさい」
マグダレーナが、エカテリーナをその窓へと導く。
窓の外はバルコニーになっていた。そこへ通じる扉をマグダレーナが開けて、二人で外へ出る。星月狐のマントはすでに脱いで預けていて、ひやりとした風にエカテリーナは身をすくめた。皇城も床暖房の仕組みがあって、部屋の中は暖かいので、温度差が身に染みる。
バルコニーの下に見える建物を、マグダレーナが指差した。
「新年祝賀会がおこなわれる会場よ」
「こちらで……!」
エカテリーナは目を見張る。皇都のどこからでも見える皇城だが、下から見上げた時にはこういうものが側にあるとは気付かなかった。皇城には、こういう付属施設が意外にいくつもあるらしい。
古代アストラの野外劇場、いや競技場のような石造りの大きな建築物だった。
エカテリーナとしては、前世のサッカー会場を思い出さざるを得ない。全体が楕円形をしていて、競技か式典を行うフィールドの周囲を観客席が取り巻いている。観客席の一部にだけ屋根があり、そこが貴賓席なのだろう。
「新年祝賀会には皇国各地から多くの貴族がやって来て、あの会場が一杯になるのよ。最も規模の大きな行事のひとつね。聞いているかしら、催しの一つとして馬上槍試合が行われて、皇国の主な騎士団から代表者が出て親善試合を行うの。ユールノヴァ騎士団からも参加するそうね」
「はい、そのように聞き及んでおりますわ」
エカテリーナは頷く。実は、ユールノヴァ領での山岳神殿参拝の旅で護衛騎士を務めてくれた、オレグが代表に選抜されているのだそうだ。護衛騎士に選ばれたのは双子の弟エリクと不思議な絆で結ばれていることが大きな理由だったが、武芸も優れている。さらにエカテリーナの護衛騎士を務めた後、すごい情熱で精進してレベルアップしたそうだ。
それを聞いて、何か良い出会いでもあったんだろうかと、のほほんと思ったエカテリーナである。
学園祭でアレクセイのクラスが馬上槍試合をおこなったが、あれはあくまで生徒たちが頑張ってそれっぽくおこなったもの。新年祝賀会という国家行事で開催される馬上槍試合は、もっとガチなやつだろう。オレグにはぜひ頑張ってほしい、とエカテリーナは思っている。
「エカテリーナは初めてでしょう。場所だけでも先に見ておけば、当日あまり戸惑わないで済むかと思ったの」
「陛下……そのようにご配慮いただき、感激してしまいますわ」
社交辞令っぽく言いつつ、けっこう本気で感激してしまうエカテリーナである。忙しいトップスターが、エカテリーナが初めて参加するとかわざわざ気遣ってくれたと思うと、マグダレーナの懐の広さは素晴らしいと感じるのだ。
立場が上だと気遣いは疎かになりがちだし、忙しいとどうしても視野は狭くなるもの。なのにこれ。
マグダレーナ皇后陛下にファンクラブがあるの、納得です。私も入会したいかも!
勝手にファンクラブを確定にしてしまうエカテリーナであった。
「あまり寒いところに居させてはいけないわね。そろそろお茶会に行きましょう」
「ご案内、ありがとう存じました。お茶会で各国の大使夫人にお会いすること、楽しみでなりませんわ」
そう答えて、もう一度新年祝賀会の会場を見下ろして、エカテリーナはふと思う。
ユールマグナ騎士団からもきっと、選抜された代表の騎士が馬上槍試合へ参加するのだろう。
会場の貴賓席。
屋根の広さから見て、皇室ご一家だけではなく、三大公爵家などの有力貴族もあそこに座るのだろう。
ユールノヴァとユールマグナ。
暗闘する両家は、どんな位置関係で座り、どんな新年祝賀会を過ごすのだろうか。
新たな年、どう闘うことになるのだろうか。
新たな年、決着を迎える日は来るのだろうか……。

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