299. 本命前の味見

緑の黒鷺こと生徒会長アリスタルフが成功させたハニートラップは、さらなる波及効果をもたらした。

実は、有罪確定した一名以外にも、パートナー詐欺の容疑者女子がいたのだ。が、同類が行状を暴かれて、いろいろ大変なことになった話を聞きつけたのだろう。あわててキープしていた男子たちから一人を選んで、残りをリリースしたらしい。

しかしリリースされた男子たちが納得できるわけがなく、彼女のもとへ押しかけて、全員が鉢合わせ。修羅場になり、結局は大変な騒ぎになったそうで……最後には『そして誰もいなくなった』そうだと、あちこちで噂話が盛り上がっていた。

まあそりゃ、そうだろう。

撤退戦略とは、拡大戦略よりはるかに難しいものなのだよ、お嬢さん。

などと思うエカテリーナである。引き合いに出すのが前世のビジネス本で読んだ知識なあたり、色気がない。

この時期にぼっちになってしまったその女子のことは気になるが、ともあれパートナー詐欺対策・女子編は、電光石火の速さで解決したと見ていいようだ。

だから次は、男子編。

エカテリーナにとっては、これが本命だ。

が、その前に。

「本日は、お時間をいただきありがとうございます」

「皆様、ようこそ。どうぞ、お気楽になさってくださいましね」

週末になり、エカテリーナは公爵邸の女主人の立場に切り替わって、訪ねて来た生徒会役員たちを出迎えた。

彼らは生徒会の業務として、舞踏会の準備と運営についてアドバイスをもらいに来たわけだが、生徒会長がエカテリーナに花束を差し出すあたりはさすが貴族男子である。

「名高い花園をお持ちのユールノヴァの名花に、こんな花などお持ちしても笑われてしまうかとは思いましたが」

さらっと美辞麗句が言えてしまうあたり、さすが貴族男子である。

艶やかなダリアの花々が、色気のあるイケメンをいっそう引き立てていた。

「そのような……素敵なお心遣い、ありがとう存じます」

確かにユールノヴァ家の薔薇園は、皇国一と謳われている。特に皇室御一家の行幸を迎える初夏には、天界の花園もかくやと言われる美しさだ。

しかしそれだけに、秋も深まった今の季節は、ユールノヴァ家の庭園はいささか色彩に乏しい。色鮮やかなダリアを、エカテリーナは喜んで受け取った。

ひそかに添えられていた本人への美辞麗句は、さらっと流した……というか気付かなかった。残念女なので。

だから、花を抱くエカテリーナを見てアリスタルフがほのかに切ない表情をしたことには、もっと気付かなかった。

彼らを談話室の一つに通し、執事グラハムとシェフを紹介する。

舞踏会の準備についてアドバイスを求めて来た彼らだが、毎年の行事であり代々の覚書もあるので、毎回変わらないテンプレート的なところは困っていない。

頭を悩ませているのは、料理の趣向だそうだ。

そこは毎年変化をつけることになっている。食べ盛りの十代であるから、そこが大きな評価の分かれ目にもなる。

グラハムとシェフは過去にユールノヴァ家で開かれたパーティーで好評だった趣向や料理について語り、生徒会役員たちはせっせとメモを取った。

が、話だけでは伝わらないこともある。

それでエカテリーナは、頃合いを見て談話室のドアを開けた。大きく。

「皆、入ってきてちょうだい」

その言葉に応じて、ワゴンを押したメイドたちが次々に入ってきた。

ワゴンの上には銀のトレイが置かれ、そこにずらりと並べられた皿に、宴の料理が華やかに盛り付けられている。

「うわあ……」

思わず声を上げたのは、生徒会副会長だ。細身のアリスタルフよりも肩幅のあるがっちりした体格の彼は、いかにも食欲旺盛そうで、実際その目は料理に釘付けになっている。

役員たちも貴族の令息令嬢だが、皇帝陛下をもてなすこともある公爵家の宴クラスの料理を饗されることは、そうそうないだろう。

「素敵……宝石のよう!」

紅一点の書記が釘付けになっているのは、カクテルグラスに盛り付けられたオードブルだ。コンソメジュレにクリームチーズを載せてハーブを散らしてあるのだが、グラスゆえに見て取れる色合いの美しさ。きらきら輝くジュレと真っ白なチーズの取り合わせは、まるで琥珀に雪が降り積もったかのようだ。他にも並ぶグラスはそれぞれ色合いが異なり、違う色のジュレが層を成しているものもあって、それもまた美しい。

すると、シェフが立ち上がってそのオードブルが載っているトレイを取り、書記にうやうやしく差し出した。

「どうぞ、お召し上がりください」

「えっ」

驚く彼女の周囲にも、メイドたちがトレイを運ぶ。花のような形に盛り付けられたローストビーフ、生ハムとクリームチーズとナッツの取り合わせ、小さなキッシュ。そろそろ季節になった牡蠣は、殻ごと焼いたり、グラタンにしたり。しかし一番種類豊富なのは、牛肉、豚肉、鶏肉。いい焼き色にソテーされていたり、とろりとするほど煮込んだポトフになって小さな器に盛り付けられていたり、小さめに切り分けて揚げたものもある。

若い男子には肉でしょう、とエカテリーナがシェフに頼んで用意してもらったのだ。

というわけで、エカテリーナは役員一同に微笑みかけた。

「どうぞ。お味をご確認くださいまし」

「いや、しかし……」

アリスタルフが珍しく口ごもる。公爵家から知恵を借りられるだけでもありがたいことなのに、ここまでの歓待を受ける理由が思い当たらないに違いない。

「ご遠慮なく。わたくし、皆様の迅速で適切なご対処に感服いたしましたの」

実際に小悪魔詐欺師女子に対応したのはアリスタルフだが、あれだけ狙い通りに対処が成功したのは、役員たちによる情報収集や根回しがしっかりしていたからに違いない。あっさり、とか、あっけなく、という感じで成功するためには、ものすごい下準備が必要なものだ。

「それに、わたくしは学園の生徒の一人として、皆様の学園への献身に感謝しておりますの。学園祭の運営はお見事でしたわ。さまざまなご調整、さぞご苦労なさったことと存じます。せめてものお礼と思って、もてなしを受けてくださいまし」

運営とはなかなか報われないもので、大変な思いをして調整しても、不満ばかり言われてしまったりする。

前世の社畜SE時代、炎上案件を必死の思いで進めてリリースしても、恨み言ばっかり言われたもんでしたよ……死んでも忘れられない……。

というトラウマを抱えるエカテリーナとしては、彼らに報われてほしいのだ。

図星というか、報われない感じはあったらしい。エカテリーナの言葉に役員たちは息を呑み、かみしめるような表情になった。

「恐れ入ります」

アリスタルフが代表で頭を下げる。生徒会役員たちは嬉しそうにご馳走を味わい始めた。

皇国では飲酒に法的な年齢制限はない。学園内での飲酒はご法度だが、舞踏会では特別に酒類も提供される。

そのため味見程度にだがワインも出され、ほろ酔い気分で夢心地になった生徒会役員たちだったが。

ユールノヴァ公爵アレクセイがそこへやって来た。側近たちまで引き連れて。

全員、酔いが吹っ飛んだらしい。

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