297. エカテリーナの流儀

結局エカテリーナとフローラは、思いのほか長い時間を生徒会室で過ごすことになった。

見積もりを並べて頭を抱えていた会計が、ユールノヴァの女主人であるエカテリーナの意見を聞かせてほしい……と言ってきたためだ。公爵家の奥向きを統括する立場であれば、大規模なパーティーの準備や費用に知見があるはず。複数とった見積もりがどれも一長一短で悩ましいので、見てもらえればありがたいとのこと。

女主人といっても、エカテリーナもまだまだ勉強中の身。意見などできるかわからなかったが、会計の求めに応じた。理由は単に、見積書の内容に興味があったからである。魔法学園全校生徒規模だと費用はどれくらいになるものか、何にどれくらいかかるものか、女主人としてこちらが勉強させてもらおう……という、下心もあったりする。

お兄様のために、できる女主人にならなければ!

普段の切り盛りも大事だけど、女主人が世間から評価される機会は、パーティーなどの催し。それを華やかに円滑に執り行える手腕が、最大の注目ポイントなのだ。

公爵家の規模だと普段の業務でも、従業員三桁いる財閥関連企業の社長みたいな面があるんで、時々我に返って腰が引けちゃったりしますけどね……。

お兄様のためなら頑張ります!

見てみると、やはり興味深かった。

エカテリーナがしっかり関わった大規模パーティーは、ユールノヴァ領でのエカテリーナ自身のお披露目であった祝宴と、やはりユールノヴァ領で皇子ミハイルを迎えておこなった歓迎の宴、その二回だけだ。皇都ではクラスメイトを中心とした生徒たちをもてなすガーデンパーティーを、執事グラハムに教わりながら統括したくらい。

だから、皇都とユールノヴァ領との物価との違いなど、改めて実感できた。

皇都では皇室ご一家の行幸もあったが、準備していた当時はまだ女主人として統括するどころか、初めてのドレスを注文するだけでテンパっていたものだ。すべての準備はグラハムが担ってくれていた。

ふっ……悪役令嬢とか言ってたくせに、未熟者だったな自分。

などと思うエカテリーナである。

若干、悪役令嬢というものを間違っていないだろうか。

ともあれ、見積もりを見せてもらって興味のあるところについて質問し、フローラも庶民目線で思うことを話して、いろいろ脱線しつつ盛り上がっただけで、特に役には立てなかった。少なくとも前世社畜SEの基準では、問い合わせに回答できたとは言えないレベルだ。

しかし、会計の表情はすっかり晴れやかになっていた。質問に回答するうちに、気付きがあったり考えがまとまったりしたようだ。

生徒会に選出されるだけあって、優秀なんだなあ……とエカテリーナは感心したが、会計はしみじみと言う。

「ありがとう、エカテリーナ嬢。ほんの一目見積書を見ただけで、的確な目の付け所……あの兄君の妹だけあって、本当に優秀なんですね。さすがユールノヴァ公爵家と感服しました」

「そのように仰せいただいては、恐縮してしまいますわ」

とか言いつつ、兄を褒められてあからさまに喜ぶエカテリーナであった。

それにしても、生徒会長も褒めていたし、生徒会では兄アレクセイの評価はとても高いようだ。

生徒会に選出されるだけあって、見る目のある人たちですね!

と鼻高々で思っているエカテリーナの内心を読んだように、会計は言葉を続ける。

「兄君のことは、以前から尊敬してました。憧れていたというか……。

なにしろ、入学してすぐに『領地の統治を担っている』と学園側と交渉して、会議室を自分の執務室として借り受けてしまったんですから。魔法学園四百年の歴史上でも、稀なことらしいです。そしてその会議室には立派な大人がやって来て、僕らと同い年の兄君がその大人を主君として従えていて。そういう仕事をしていながら、勉学は首席……もう、同じ人間とは思えないくらいで。我々の学年では、兄君は本当に特別な存在なんです」

「ま、まあっ。兄をそのように見ておられましたのね」

お兄様は、周りに人が寄ってこない、自分は嫌われる性質たちだって気にしていたけど。少なくとも学園では、ただひたすら近寄りがたいほど尊敬されていたわけですね。そうじゃないかと思っていましたとも、ええ!

「そういえば、兄君の側近の方には、かつて学園の生徒会長を務めた方がいるんですよ。知っていましたか?」

え。

えええええ!

可能性のある人、ひとりしかいないんですけど。

アーロンさん!学園に顔が利くみたいだと思っていたら、元生徒会長だったんですかー!

……代々の生徒会の覚書の中に、アーロンさんのも交じっているのかしら。

実は黒いやつが。

「そういう理由もあって、三年生は全体としてユールノヴァ公爵家に好意的と言えます」

わかりやすく喜んだり驚愕したりしているエカテリーナに微笑しつつ、アリスタルフは話を引き取った。

「そして二年生はユールマグナ公爵家への好意が強い。その理由には、ウラジーミル君個人の人気も大きいのです。お解りでしょうか」

「ええ。解りますわ」

表情をあらためて、エカテリーナはうなずく。

病弱のため学園でほとんど姿を見かけないウラジーミルだが、二学期もこの時期までくると、彼が学園で独特の存在感を発揮していることはエカテリーナも解ってきていた。

なんといっても、彼は天才だ。学生の身でアカデミーに古代アストラ研究の論文を発表しているというのは、アレクセイと同様に『特別な存在』と思われる理由として充分だろう。成績も、不動の首席だ。

そして、凄い美形なのもポイント。エカテリーナのクラスメイトでさえ、教室に駆け込んできて叫んだことがあった。

「今、すぐそこで、ウラジーミル・ユールマグナ様をお見かけしましたわ!」

きゃーっ!と一部女子が叫んでいたものだ。

めったに姿を見せないことで、かえってSSRキャラ扱いというか、神秘的なイメージを持たれているらしい。社交界で良からぬ噂が囁かれているというのも、この年頃であるからむしろ魅力に思われているような。

あ……でもそういえば、あの子たち最近はウラジーミル君のことで騒いでないな……。

私に遠慮しているのかな。やっぱり、学園は分断しつつある。

こんな他愛もないようなところにまで、兆しが表れていた。

分断かあ……。

前世でも、社会問題になっていた。人種や、収入や、他にもさまざまな立場の違いで、わかり合うことなく社会が分断しつつあった。

前世の記憶にも、解決方法など見つからない問題。

そして、そもそも私はそういうのが苦手。前世でも、社内の派閥とか考えて立ち回るとか、やったこともなかった。

『いいんじゃないかな。苦手なら、君はあまり慣れなくていいと思う』

以前、ミハイルが言ってくれた言葉が、頭をよぎったけれど。

これは、学園内で起きていることなのだから。公爵家の誰かに投げて、解決してもらえる話ではないはず。

……私は、何をすべきなんだろう。

公爵令嬢としてあるべき対応……でもそれは、きっと会った頃のリーディヤちゃんのような対応なんだろう。上辺は礼儀正しく、裏では相手を下げるべく動く、という。

私にはそういうの、きっと向いていない。

でも、これから否応なく、私も何かをしていかなければならない。

私に何ができるだろう。

令嬢たちの流儀ではなく。

エカテリーナ・ユールノヴァの流儀で。

何が、できるのだろう……。

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