294. フローラの提案

結局、コルニーリーははっきり態度を示さないままだった。

仮婚約者にひどいことを言ってしまった自覚はあるし、自分が動くべきという認識もあるようだが、頭を下げるのが嫌で踏ん切りがつかないと思われる。

えーい、このヘタレ君め。

内心でついついそう思ってしまうエカテリーナである。

あっ、うっかり口から出ないように、こういうことは考えないようにしようと思ったんだった。いやでも口に出そうにも、皇国語でヘタレにあたる言葉がどういうものかまだ知らないので、大丈夫。

それはともかく、コルニーリーには態度を決めなさい!と強く言ったわけでもないので、あまり彼を責めることはできないと思っている。なんといっても、舞踏会でパートナーになれば結婚相手になる可能性がぐっと高まるのだ。相性の悪い相手と結婚すれば、『結婚は人生の墓場』な日々が待っているだろう。双方共に。彼とあの女子――名前はアセル・ベルテだそうだ――の人生の重大な岐路となることに、外野の自分が勝手な口出しをするのは違うはず。

あと、コルニーリーだけを責めるのもどうかと。

皇国では、パートナーになってくださいと申し込むのは男性から、が常識。女性は待つ側だから、ユーリを始め皆がコルニーリーがなんとかすべきと考えている。この世界は男尊女卑がまだ色濃くて、女性の側から行動を起こすと、はしたないと眉をひそめられてしまう。

前世の男女平等が建前だった世界の記憶がある身として、そういうのに反発する気持ちは強いのだけれど……その前世の記憶ゆえに、それなら男性に男の役割を強制するのもどうなのか、とか考えてしまうのである。

コルニーリーは裕福な家の一人っ子で、大事に育てられただけに芯の弱いところがあるようだ。厳しい言い方をすれば、甘ったれているとも言える。

恵まれた環境ゆえにそういう性格になり、その恵まれた環境に反発しているというのが、なんとも。まあ、若さ故の過ち、とかいう奴なのだろうけれども。

比べるのも可哀想だけど、あらためてお兄様の凄さがよく解るね!

コルニーリー君よりずっと反発しておかしくない環境なのに、立場を理解して、日々努力して、その立場にふさわしい実力を身に付けていて。

あらためて、お兄様素敵!

わがブラコンに一片の悔いなし!どっかの覇王にだって、私のブラコンは負けません!

ていうかもっと頑張らなきゃ!

ブラコン界の覇王を目指すエカテリーナである。目指してどうする。

もしかするとコルニーリーの両親は、息子の性格を理解して、そこを補ってくれそうなタイプを選んだのかもしれない。……と、考えるのは、穿ちすぎだろうか。

しかしコルニーリーの仮婚約者アセルは、明るい印象でありつつも、かなり芯が強いのは間違いない。クラスの皆の前でコルニーリーの問題発言を暴露してしまうのだから、相当につよいのではなかろうか。自分だって、はしたないと思われて評判が落ちるリスクがあるというのに。

まあ、あちらも高校一年生。引き起こす結果をしっかり理解できていなかった可能性も、なくもないが……いや女子の社会性は男子より高いのが普通。たぶんつよい。

アセルはヘタレ(推定)な兄とは仲が良いようだし、実は相性は悪くないかもしれない。

――と、あれこれ考えていたエカテリーナは、ここで気付いた。

コルニーリーにあれだけ強気に出たということは、アセルにはすでに舞踏会のパートナーのあてができたのではないだろうか。

……大丈夫かな。

寮の部屋でフローラと共に毎日恒例の予習復習に励む合間に、そういう考えをエカテリーナが話すと、フローラは紫の瞳に考え深げな色をたたえてうなずいた。

「心配されるのはごもっともです。あの方だけのことではありませんし……あの、考えてみたのですが」

そしてフローラは、ふたつ提案をした。

まず、ドレスの相談にのった女子たちに、パートナーについて訊いてみて、同じ人物が複数に声をかけていないか話を照らし合わせてみてはどうか。

エカテリーナはうなずく。確かに、ドレス難民な女子たちの中には、良からぬ者のターゲットになり得る状況の子が複数いた。彼女たちに注意喚起はしておくべきだろうし、危険人物をあぶり出せる可能性はある。

続いての提案は、生徒会に相談してみてはどうか、というもの。

これにも、エカテリーナは首肯した。舞踏会は学園祭と同じく、生徒会が取り仕切るイベントだ。学園祭での気配りのきいた運営ぶりからして、生徒会はこういう問題にも配慮しているのではないか。昔からしばしば起きてきたことのようなのだから。知り合いの女子たちに注意喚起をしつつ情報収集する、と話したら、協力してくれるかもしれない。いや情報提供をして、対処は任せることができるかも。

うん、いい考え!フローラちゃん、賢い!

私自身、まだ漠然とだけど、同じようなことを考えてはいた。社会人の記憶がある私と同じ発想を、一歩先に考えることができるなんて、フローラちゃん、凄いよ!

「どちらも素晴らしいお考えですわ。さすがフローラ様ですこと!」

エカテリーナが拍手して褒めそやすと、フローラは恥ずかしそうに微笑んだ。

「いえ、これは、エカテリーナ様ならどうなさるかを考えてみただけなんです……」

あら。

でも、だったら見事に正解だわ。

と、フローラはきりりと表情を引き締める。

「将来、本当にエカテリーナ様の侍女になるためには、エカテリーナ様がお考えになることを理解できなければと思って、考えていたんです」

「まあ、フローラ様……」

聞けば他にも、エカテリーナが人と話すときにはなるべく口を挟まず控えているとか、自分なりに考えて侍女的行動を取っていたという。

フローラちゃん、自主的にインターンシップ状態だった!

この、真面目さんめ!

駄目だよ、君はまだ子供!この世界は児童労働をダメと言える環境になっていないのだけど、それでも働く必要がないのであれば、今を楽しんで過ごしてほしいよ!

「フローラ様ったら!」

がばっ、とエカテリーナはフローラに抱きついた。

「お志は嬉しゅうございますけれど、まだ貴女様はわたくしの侍女ではなく、お友達ですのよ!お仕事のようにふるまうのは、おやめくださいまし!」

「す、すみません……」

フローラが恐縮してしまいそうなのを感じて、エカテリーナは鼻と鼻がくっつきそうな至近距離でにっこり笑う。

そして、こちょこちょとフローラをくすぐった。

きゃー!と叫んでフローラが笑い出す。

そしてなんと、仕返しにエカテリーナをくすぐってきた。

「きゃあ!」

エカテリーナも叫んで笑い出す。

しばしの間、箸が転がっても可笑しい年頃の女の子らしく、美少女二人は抱き合って一緒に笑い転げたのだった。

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