289. 狂詩曲あるいは小夜曲

「お兄様……邸を騒がせて、申し訳のう存じます」

晩餐の席で、エカテリーナはアレクセイにそう謝罪した。

もちろん、舞踏会に向けてのドレス手配の件だ。

実際、公爵邸はいきなり賑やかになった。

なにしろ、来客の数が飛躍的に増えている。学園で過ごす平日に毎日、ドレス難民な女子たちがやって来るので、週末に公爵邸へ来てもらう約束をするのだ。よって約束の週末には、馬車にぎっしり約束相手が乗り合わせてやって来ることになる。皆、裕福ではない家柄の子たちのため、馬車もユールノヴァ家のもの。さすがに台数には限りがあるので、なるべく乗り合わせて来てもらっていた。

全員がうら若き乙女たちだ。その集団となると、それはもう賑やかで華やか。

下位とはいえ貴族の令嬢たちであるから、礼儀は身に付けているのだが、彼女たちが馬車を降りた瞬間から、ユールノヴァ公爵邸にはさんざめくような笑い声や歓声が響く。下位貴族の館とは比較にならないほど豪壮な公爵邸は、彼女たちにはおとぎ話のお城のように思えるようだ。外観から内装まで、見るものすべてに感嘆せずにはいられないらしい。

人数も相まって、若干前世の観光ツアーか女子高の校外学習みたいになってしまった……と思うエカテリーナである。

まあ、彼女たちがどれだけ賑やかでも、ユールノヴァ邸の広大さゆえに、アレクセイの執務室を騒がせることはないのだが。

それでも、使用人たちに負担をかけることにはなる。

公爵邸にやって来る女子たちを、まずはお茶とお菓子でおもてなしする。薔薇クッキーはもちろん、優美なティーカップやデザートトレイ、香り高いお茶なども含めて乙女の大好物な訳で、目を輝かせて喜んでくれる。客の人数が多いと、茶器を運ぶメイドたちも数名必要になる。

そのへんはまあいいのだが、負荷となるのはやはりドレス関連だ。祖母のドレスを見せるだけでも、いつも閉め切っているドレスの間を開けて風を通して、ドレスのコンディションを整えて、掃除もあらためてして……とやることが多い。

そして当日は当日で、気に入ったドレスを試着したいという女子の着付けをメイドたちに手伝ってもらったり、デザイナーたちの大荷物(デザイン見本や生地見本など)を運ぶのを手伝ってもらったりと、いろいろあるのだ。

そしてメイドたちには、掃除などの通常業務もある。

……前世裏方SEだった身として、「やって」と言えばなんでも実現すると思っているような雇用主には、なりたくないと思います!

と強く思っているエカテリーナとしては、使用人の労働量を適正にしたい気持ちと、女子たちの舞踏会を良い思い出にしたい気持ちの間で、揺れ動いてしまうのだった。

「何を言う。お前はユールノヴァの女主人だ、誰をここへ招くかを選ぶ権限はお前にある。申し訳ないなどと思う必要はないんだよ」

アレクセイはネオンブルーの瞳の光を和ませて、妹に微笑みかける。

「お前の優しい心が安らぐなら、衣装くらいいくらでも提供してやればいい。お前の心に翳りがさせば、世界も悲しむ。だから心のままに振る舞っておくれ、お前が幸せならこの世は満ち足りて、光り輝いていられるだろう」

「お兄様ったら」

お兄様のシスコンの壮大化が、留まるところを知りませんね!

私ももっとブラコン頑張らねば!

「それに、女性の使用人たちは楽しんでいるそうだ。そうだろう、グラハム」

「仰せの通りにございます」

アレクセイの傍らに控えていた執事グラハムが、微笑んでうなずいた。

「メイドたちは華やかなドレスに触れることができ、楽しいと申しておりました。お茶菓子をいただける機会が多くなり、他の者たちも喜んでおります」

来客のためのクッキーなどを焼くときには、多めに作って使用人たちに味見してもらうようシェフに頼んでいる。味見は口実で、忙しくなってごめんなさい、の気持ちを込めてのことだ。

「そう言ってもらえて嬉しくてよ。皆が不満に思わないでくれるのは、グラハムがしっかりと使用人たちをまとめてくれているおかげね」

「恐れ入ります」

実際グラハムは、部下である使用人たちから慕われている。祖母がいた時代、部下たちを庇いつつ祖母の無理難題をこなす姿で尊敬を集めたのだ。

なにしろ祖母の時代には、皇都公爵邸でも横領がはびこり、経費も抜き取られていた。使用人たちの給与はなんとかアレクセイとグラハムが守ったが、引き替えのように彼らの福利厚生的な経費、例えば食費などが削られるのは防げなかった。

アレクセイが公爵を継承してすぐに、そこは改善されている。甘い汁を吸っていた祖母の側仕え残党を追い払った今、アレクセイとエカテリーナ、そしてその兄妹の信頼厚い執事であるグラハムは、使用人たちから絶対の忠誠を向けられているのだ。

そしてグラハムは、端正な銀髪のイケオジであることでも、メイドたちからの人気を集めているに違いない。

「ハリルも喜んでいた。お前にそういう意図はないとしても、将来への投資として優れていると評価していたよ」

「嬉しいお言葉ですわ」

最近、シスコンウイルスが蔓延しすぎのように思える執務室一同だが、ハリルの商売がらみの評価は信頼できる。エカテリーナは、ほっとした。

「ガラス工房も高く評価されている。ガラスペンの供給体制は整いつつあるようだな」

「はい、職人たちの多くが技術を習得してくれたそうですわ。レフほどの芸術品を作るのは難しくとも、決まったデザイン通りのガラスペンならば、問題なく作れるようになりましたの」

これはこれで、皇帝皇后両陛下と同等の豪華さのペンを持つのは、身分制社会としてまずいのだから丁度いい。

レフは今は、ユールセイン公から注文された、奥方の父王へ献上するためのガラスペンを制作中だ。デザインについて奥方から指定をもらって、絢爛豪華な見た目のものになるらしい。

その合間に息抜きで作ったと、ガラスの装飾品をエカテリーナに贈ってくれた。

今回もあまりに素晴らしくて、エカテリーナは息を呑んだものだ。学園の舞踏会で身につけることにして、楽しみにしている。公爵令嬢エカテリーナがガラスの装飾品を使っていれば、他の女生徒たちもイミテーションジュエリーのことをとやかく言われずに済むだろう、という狙いもあった。

そんな話をすると、アレクセイは微笑む。

「そうか。人のことばかりでなく、お前も楽しんでくれれば嬉しい。

ただ、お前が忙しすぎることが心配だ。お前は宝石よりも輝かしいが、一人のか弱い淑女なのだから、永遠ではない。よく休んで、自分を大事にすることを忘れてはいけないよ、私の青薔薇」

「はい、お兄様。仰せの通りにいたしますわ」

いつも通りのシスコンに、こちらもいつも通り、エカテリーナは微笑んで答えた。

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