287. 確定

「あらためて、僕から申し込むよ。フローラ、舞踏会での僕のパートナーをお願いしたい」

はっきりとミハイルが言い、エカテリーナは目を見張った。

「エカテリーナの言う通り、君に申し込みたい男子は大勢いると思う。彼らには恨まれてしまうだろうな。でも、正直言ってありがたい申し出なんだ。僕は確かに……相手の立場を考えて、慎重になるべき時がある」

その言葉に、やっぱりとエカテリーナはうなずく。

「でも君は、ユールノヴァの庇護下にあるからね。アレクセイを怒らせる愚か者は、この学園にはそういない。それに君は、貴重な聖の魔力を持つ聖女でもある。歴史ある名家ほどそういう存在を重んじるから、僕のパートナーになってもらったからといって、君に迷惑がかかることは無いと思う。無いようにする」

ミハイルの最後の一言には、ずしりとした重みがあった。が、すぐに彼はにこりと笑う。

「君たちと一緒に今だけの催しを楽しむことができるなら、僕もそのほうが嬉しいよ」

「ありがとうございます。光栄です」

フローラが頭を下げた。

ミハイルとフローラのやりとりを見守ったエカテリーナは、懸念を吹っ切るように大きな笑顔になる。

「そうですわね、人生にたった三回しかない機会ですもの。誰も欠けることなく楽しみとうございます。当日はぜひ、皆で仲良く、楽しいひとときを過ごしましょう」

うむ!

高校時代の楽しい思い出は、宝物。自分の立場をしっかり考えている皇子は偉いけど、大人の事情で参加を遠慮なんて、やっぱり悲しい。

ユールノヴァでの歓迎の宴では、主賓である皇子は自分の役割を果たすのに忙しくて、あまり話もできなかった。楽しんでもらえたか、ちょっと自信がない。でも学園の舞踏会なら、皇子も生徒の一人として、楽しむことができるはず。

フローラちゃんのパートナーがどうなるかちょっと心配していたこともあるし、皇子とフローラちゃん、気心の知れた二人が一緒に参加してくれるのは、ある意味では安心。これはこれで、いい形になったのかもしれない。

そしてエカテリーナは、あらためて心で拳を握っている。

フローラちゃんは私が守ります!

……守るために何をすべきか、考えないと。

公爵令嬢だからただくっついていれば守れる、だけではそろそろ、駄目な気がするから。

皇子はそういうの、ちゃんと解っているんだろうな。偉いなあ。

って、勝手に解っているって決め込んではいかんやろ。なんだか私、最近、皇子をなんでも出来る人みたいに思い始めてるかも。

いかん。皇子もまだ十六歳なんだから。アラサーとして、友達として、一人の少年である彼を見守ってあげなければ。

子供のくせに立派すぎるんだよ、君は。

少しは高校生男子っぽい隙とか、しょうもないところも見せてみなさい。お姉さんはどーんと受け止めてみせるぞ!

などと思うエカテリーナはもちろん、ついさっきフリーズしたことを、忘れ去っているのだった。

それから程なく、エカテリーナとフローラ、ミハイルの集まりは解散となり、三人は寮へと戻っていった。

寮の特別室へ戻ったミハイルは、無言だ。

そんな主君に合わせるように沈黙したまま、ルカは手早く着替えを用意した。しかし室内着を差し出しても、ミハイルは気付く様子すらなく、もの思いにふけったままでいる。

とうとう、ルカは声をかけた。

「エカテリーナ様が、美味しいと仰せでしたね。頑張った甲斐があったのでは」

「ああ」

我に返ったミハイルが、ぎこちなく微笑する。

「お前には、ずいぶん厄介をかけた」

なにしろ山ほど試作をしたのだ。

この特別室には、飲み物を淹れたり軽食を作ったりできる、小さなキッチンが付いている。学園祭が終わってからも、エカテリーナとフローラに出して恥ずかしくない、むしろ感心されるくらいのものを作りたいと、ミハイルはここで涙ぐましい努力を重ねたのだった。

その試作品の大半は、ルカの胃におさまったのだったりする。細目……はともかく、細身のルカの体形が少しも変わりないのが、不思議なほどだった。

「役得というものですよ。また機会があれば喜んで」

けろりとルカは言う。ようやく、ミハイルは笑った。

「エカテリーナはきっと今年はアレクセイと、と言うだろうと思っていた。来年の約束ができたんだから、最善だ」

「はい」

ルカはうなずく。

が、そこで突然ミハイルは身を翻して、食卓の椅子に座った。

そして、テーブルに突っ伏した。

「でも、『はい』って言ってほしかった……」

『エカテリーナ……その、来月の、舞踏会なんだけど。

僕と一緒に参加してくれないかな。

君と参加したい……僕の、パートナーになってほしいんだ』

「もっと格好良く言う予定だったのに。言えるはずだったのに……用意していた言葉が、どこかへ飛んで行ってしまったんだ。うまく言えていたら……いや、結果は変わらなかっただろうってわかってる。けど、格好悪いと思われただろうな。ああ、やり直したい」

うじうじと、言わずにいられない様子でミハイルは言い続けている。

ルカは、ほのかに微笑んだ。幼い頃にはわがままなところもあったと聞くこの主君だが、ルカが仕えるようになった頃には、誰がどこから見ても非の打ちどころのない皇帝の後継者だった。

だから、こんな姿は貴重だ。

よく覚えておいて、将来この方が玉座に即かれたのちに、持ち出して揶揄って差し上げよう。

などと、ルカは人の悪いことを考えている。

けれどもそれは、出来の良すぎる主君がかえって心配だからだ。人間らしい接し方ができる相手が、この方には必要ではないかと、前から思っていた。

あの美しい公爵令嬢は、浮世離れしているようでいて、人間らしい思いやりに満ちているように思える。

そして、どうやらとてつもなくニブい。見聞きしていると時々笑えてくるほどに。

身分も何もかも主君とは釣り合いが取れているのに、追い求めても手が届かないというこの状況を、ルカは面白がる気満々でいた。

最後にはきっと、殿下の望みは叶うだろう。ルカにはそうとしか思えないから、面白がっていられる。

けれど駄目だったら……それはそれで面白い。もとい、いい経験になるに違いない。この主君を一回り大きくしてくれるような。

「甘いものより、食事になるもののほうがお喜びになったかもしれませんよ。料理が好きになったと言って、これからも作ってお誘いになっては?一緒に食事ができますよ」

「それ、お前が食べたいから言っているだけだろう」

従僕を睨んで、ミハイルはとうとうむくれた。

格好をつけるより、こういう表情をもっと見せたほうが、あの令嬢には効果があるかもしれない。

けれどそれを口にはせず、ルカはただ、糸のように細い目をいっそう細めて笑った。

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