245. 舞台は整った。かな?

「我こそは聖女アネモーニ様をお守りする、猿魔ゴ・クーなり!そなたごときが聖女様に手出ししようとは片腹痛い。叩きのめして、身の程を思い知らせてくれようぞ!」

すらすらと台詞を言い放ち、マリーナが武器を構えてポーズを決めると、きゃーっ!と歓声があがった。

「マリーナ様、素敵ですわ!」

「衣装がお似合い!なんて凛々しい!」

学園祭の準備は、もう仕上げの段階にきている。衣装係たちが精根込めて作り上げた衣装はほぼ完成し、役者たちは台詞を覚えて、衣装を身につけての稽古中だ。

マリーナの衣装は赤が基調。赤毛に生まれつきの金のメッシュが入った、華やかな髪色と合わせている。アクションの多い役柄だから男装だが、衣装係はかなり自由にデザインをして、下半身をゆったりしていつつ足首がきゅっと締まった異国的なパンツにした。スタイルが良いマリーナは、特に足の長さが素晴らしい、美脚の持ち主なのだ。そこを魅せつつ、貴族令嬢としての品位を傷つけないデザインでありながら動きやすい。上半身は金糸で刺繍をした長いベストがポイントで、アクションの時にひらひらとなびいて動きを引き立てた。

運動神経の良い彼女は、武器(如意棒をイメージした長い棒)をびゅんびゅん回すのもお手の物だ。キラキラ猫被り令嬢が、五枚の猫を脱ぎ捨てて、舞台を軽やかに跳び回る姿は見ていて気持ちがいい。聖女様役の純白の衣装に身を包んで、清らかさがマシマシになっているフローラとも、息ぴったりだ。

もともとマリーナは、女子にモテる系の女子である。その活躍にきゃわきゃわと女子たちが盛り上がり、マリーナもまんざらでもなさそうに、というかかなりその気になっている感じでふっと笑う。それでまた女子がきゃーっと叫ぶという、この一角だけ少女歌劇団化が待ったなしなのであった。

うーん。マリーナちゃん、逸材。

マグダレーナ皇后陛下にお会いした時、少女歌劇団のトップスターみたいにかっこいいと思ったけど、あの方も学生時代にはマリーナちゃんみたいに女子にきゃーきゃー言われていたんだろうな。当時から皇后陛下が好きで振り向かせようとアレコレしていたらしい皇帝陛下は、どんな顔でそれを見ていたんだろう。あの威厳あふれる陛下もその頃は、うまくいかない恋に悩む一人の青少年だったんだろうなー。わー、想像できなーい。

そして孫悟空はゴ・クーになってしまった。皇国の人間にはその方が言いやすいから、仕方がないけど。

「マリーナ様は、すっかり役柄を我が物にしておいでですわね。頼もしい限りですわ」

「おっほっほ、お任せくださいな!」

衣装に縫い付けられた長い尻尾を手で振り回しながら、マリーナは高らかに笑う。猫被りならぬ猿を被ったアクション伯爵令嬢。いや猿は被っているのではなく地だと、彼女の兄ニコライは言うだろう。

とにもかくにも、間に合って良かった。エカテリーナはしみじみと思う。

劇の上演時間はなんとか割り当てられた時間内に収まった。悩みまくりつつ、ちょこまか台詞を削ったりあちこちの場面を短くしたりすると役者たちが混乱するだろうと、ラストシーンで入れる予定だった皆での合唱をまるっと削ると決断し、それで時間短縮できたのだ。

衣装もできて、背景や小道具もできた。光の魔力での演出は、みんなが出すアイディアをユーリが頑張って実現して、素晴らしいものになっている。悪役令嬢オリガの配下の魔獣登場シーンは、舞台の暗さを逆手にとって背景の代わりに影絵を使うことで、ド迫力の演出ができそうだ。

なにより、オリガの歌。レナートの演奏。

オリガが歌いレナートが伴奏する場面の練習のたびに、教室の窓に他のクラスの生徒が鈴なりになるので、曲はすでに学園内で流行っている。生徒たちは歌を聴く間いつも静まり返って、毎回のようにすすり泣く声が聞こえた。

どや!オリガちゃんの歌、めっちゃええやろ!

毎回のように内心で思わずドヤるエカテリーナである。

そんな注目がクラスメイトの皆にとっても楽しく誇らしいようで、クラスの雰囲気は明るく、皆楽しそうだ。エカテリーナに引っ張られるばかりではなく、それぞれがいろいろ提案してくれる。それが、あらためてここでは公爵家の女主人ではなくクラスの一員だと感じさせてくれて、楽しい。

とはいえ注目されているのは、エカテリーナのクラスばかりではない。

皇子ミハイルのクラスも、もちろん注目の的だ。模擬店で出す料理の作り方を練習するために、放課後の厨房を借りたそうだが、ミハイルがエプロンをつけて料理を習っていたという話が光の速さで学園を駆け巡っていた。覗き見しようとする者で、黒山の人だかりだったらしい。

「エプロンの色は青でしたわ!」

クラスに駆け込んできた女子が開口一番そう叫ぶのを聞いて、そこ?と思ったエカテリーナだが、クラスメイトたちが大興奮で盛り上がったので遠い目になった。これが若さか……。

まあでも、皇子に青いエプロンは似合っていただろう。正直に言えば、私もちょっと見たかったな。

そして、ダークホースだったのがリーディヤのクラスだ。

身分差にこだわるセレズノア侯爵家の令嬢らしく、リーディヤはクラスの大半を占める下級貴族の子息子女と、ずっと関わらずにきたらしい。が、学園祭ではクラスで合唱を!と主張し始めてから、積極的にクラスを主導しているそうだ。

侯爵令嬢のリーディヤは彼女のクラスでは一番身分の高い令嬢だ。希望通り合唱をすることになり、リーディヤが独唱を受け持つことになった。そして練習で歌声を披露すると、彼女を遠巻きにしていたはずのクラスメイトが一網打尽に彼女のファンになったらしい。

以前エカテリーナが危惧したように、ずっと音楽神に招かれることを目指していたリーディヤではなくセレズノア家の家臣の子であるオリガがその光栄に浴したことで、リーディヤを軽んじる者もクラスにいたようだ。

けれどリーディヤの完璧な歌声は、そんな見方をなぎ倒してしまった。

練習での歌声を聴いて、他のクラスにもリーディヤのファンが増えているらしい。

長年の努力で磨き抜いた彼女の実力は、やはり本物なのだ。

さらに他の学年にも人気のある生徒はいる。

兄アレクセイはクラスの催しには関わらないが、クラスとしてはニコライを中心に、鎧兜に身を固めて馬上槍試合の模擬戦を見せることになったそうだ。ニコライは人気者だから、大勢のギャラリーで賑わうだろう。

ていうかガチの鎧兜で軍馬に乗って槍試合って!超見たい!

歴女として内心で叫ばずにいられなかったエカテリーナであった。

そんなこんなで、祭りの前の浮き立つ空気を堪能しつつ。

学園祭は、もうすぐそこまで迫っていた。

你的回應