231. 悪役令嬢の誕生

学園祭では、演劇は基本的に講堂で上演する。

当然ながら、一クラスで丸一日独占できるわけがなく、一定の時間が割り当てられる。その時間内に、準備して、上演して、撤収しなければならない。

例年、準備や撤収の時間を考慮しておらず、時間が押すクラスが続出するそうだ。

ありがちである。

エカテリーナが大道具小道具などに人数を揃えたのは、当日の準備と撤収に人手を確保するためでもあったりする。

前世社畜SEとして、リリース時の準備と撤収は、タイムテーブルを作成してタスクごとの所要時間をきっちり管理したものだった。

(社畜の血が騒ぐ!)

エカテリーナは内心で拳を握っているが、社畜が原因で過労死したというのに、そんな血を死んでも騒がせてどうするのか。

ま、それはともかく。劇の上演時間の制限からして、劇のストーリーは単純で簡単になるか、既存の有名な劇の一場面だけを借りてくるか、そのいずれかになりがちなのだった。

そう教えてくれたのは、ニコライだ。最上級生で、人付き合いも広いため、なにげに情報通らしい。

『学園祭で歌劇い?何を考えてんだお前は!』

言い出しっぺの妹マリーナの頭をグリグリして、上記の事情を語り、ニコライは盛大にダメ出しをした。

『あれこれ歌う劇なんぞ、あっという間に時間がなくなるぞ。歌ってる途中で時間切れになって、演じてた連中が背景抱えて撤収、てのが毎年出るんだ』

エカテリーナの脳内に、完全にコントな光景が描かれた。

『だってお兄様、我がクラスにはオリガ様とセレザール様とエカテリーナ様がおられますのよ!音楽なしでは誰も納得されませんわ!』

『だから合唱って案が出てたんだろうが!なのになんで劇にしたんだって』

大変ごもっとも。

だがしかし、劇を上演してエカテリーナを主役に……!がその時のクラスの総意で、マリーナはそれを代弁しただけだったから、怒られるのはちょっと可哀想ではあった。

それはともかく、今回、劇はオリジナル。

ゆえに単純で簡単。

歌劇といっても、歌の数はわずか。

講堂の使用時間的にそうならざるを得ないことを説明した上で、エカテリーナは劇のストーリーの概要を話した。

物語の主人公は、旅の聖女アネモーニ。

旅をしながら多くの人を流行り病から救い、たくさんの身寄りのない子供を育てて聖母と慕われたと語り伝えられている彼女だが、優しいばかりではなく山賊を討伐したとか、不正をして私腹を肥やしていた役人をこらしめたとか、武勇伝も残っている。

今回は武勇伝よりの話。

なお、旅の聖女の名前はアネモーニの他にエステールなどいくつか伝承があるが、アネモーニを採用したのは、演じるのがフローラなので花の名前を選んだだけである。

さて、供を一人連れただけで、古代アストラ帝国の僻地へやってきたアネモーニ。

泉を見付けてそこで休もうとするが、近くに住む狩人だという男が出てきて、追い払おうとする。

が、聖女のお供がめっちゃ強くて返り討ち!

それで狩人は水魔の正体を現して再戦を挑む!

しかしお供も猿魔の正体を現して再び返り討ち!

当然、お供を演じるのはマリーナである。

水魔は降参しつつも、自分の本来の縄張りの池だったら、そして相棒が無事だったらこんなたやすくやられはしなかった……と悔しがる。

ここでアネモーニが進み出て、水魔の相棒の樹魔(豚の猪八戒は当てはまる存在が皇国になく無理だったので、水と相性がいいかなと植物に変更した)を癒し、水魔の傷も癒す。

聖の魔力が魔物の傷を癒せるのか?は、この物語はそういう設定ということで。

その魔力、そして彼女の慈悲深さに感服した水魔と樹魔は、生涯お仕えします!と聖女のお供その二その三に。

ちなみに水魔と樹魔は、音楽の夕べでマリーナとトリオを組んだ男子二名が演じる予定である。

それはそうと、なぜそんな怪我を?そしてなぜ縄張りの池を離れてここに?

そう聖女に尋ねられて、水魔と樹魔が代わる代わる話すには、突然現れたよそ者に、住処を奪われたとのこと。

大挙して押しかけてきて、最初は話し合おうとしたのに応じる様子もなく、力尽くで乗っ取られてしまったという。

『我々以外にも追い出された者たちが大勢いるのです』

『それは不憫な』

『聖女様!聖女様のお供はわたくし一人で充分、その者たちを追い払ってこの二名を元の場所に戻し、二人で旅を続けましょう!』

という猿魔の提案により、一同はそのよそ者を退治することになる。

書き上げたこの部分を読み返して、多分この展開って、前世の国民的時代劇の典型的な流れじゃないかな……と遠い目になったエカテリーナである。

実際にかの時代劇を観たことはほとんどないと思うが、なんとなく知っている。もはや日本人のDNAに刻まれているのかもしれない。でも今は皇国の民に生まれ変わっているのに、まだ刻まれている……転生とは一体……。

なんて考えてないで続き考えなきゃ!

すぐに逃避しようとする思考の手綱を握り直したエカテリーナであった。

水魔と樹魔の元の住処に向かった聖女と三人のお供。

そこで待ち構えていたのは一組の男女。毒々しい衣装で、高笑いと共に登場!

話し合おうとした聖女に、話すことなど何もありませんわ!と言い放って、一斉に現れた無数の魔獣を従え、連れの男と共に強力な魔力で聖女たちを撃退。

そう、悪役令嬢登場!である。

迎え討とうとしたお供を抑え、いったん退く聖女。

なぜ退くのですか、あれくらい倒せます!というお供たちに、彼女は言う。

『あの方、悪い人間とは思えないのです』

聖女らしいけどお花畑な……と言うなかれ。

悪役令嬢を演じるのは、オリガちゃんなのだ!

うさぎかチワワのような、小動物系のかわいさのオリガが高笑いをかましても、まっっったく似合わない。観客も、聖女の言葉にうなずくこと間違いなし。

そして場面が変わって、悪役令嬢。人が変わったように悲しげに、かの歌を歌う。望みを高く持ち、愛を信じて生きてきた。けれど今は地獄に落ちて、夢はもう私に帰らない……。

その後再び戦い、聖女側の勝利。そこで明かされる悪役令嬢の事情。

実は彼女は亡国の姫君で、火山の噴火によって国が滅び、生き残った人々を率いて移住してきた。けれど住もうとした場所から何度も追い出され、人間不信に。力尽きようとしている哀れな民のため、住む場所を奪い取るしかない!と決意してあんな行動をとっていたのだった。

彼女が従えていた魔獣は、民が扮装して魔獣に見せかけていたもの。扮装を解くと、傷ついた人々が現れる。

いじめないで!わるい悪役令嬢じゃないよ!

て感じ。

いや悪役令嬢って言葉が崩壊してますけども。まあ置いといて。

最後には聖女が元の住民たちに呼びかけ平和に共存しようということになって、悪役令嬢と手を取り合う。水魔と樹魔は、我々は聖女様についていくからこの場所はあげるよ!元気で暮らして!と言って、大団円!

最後にもう一曲、皆で仲良く歌う。前世の有名曲、失恋した女友達を慰める歌を、恋を夢に置き換えて再出発の応援歌にした。前世のシンガーソングライターさんごめんなさい。

悪役令嬢にも事情があったりするのよ、むやみに嫌ったり断罪したりしないでね。

そう思う下地になったら嬉しいなー。

などという下心があってこの結末となったのである。

内心のあれこれはもちろん隠して、お嬢様らしく劇の概要を説明したエカテリーナは、ぬけぬけと言った。

「この劇のテーマは『平和と共存』ですわ」

クラスの一同は素直に感心し、拍手したのだった。

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