225. 学園についてのシンキングタイム

アレクセイの執務室でも、カツサンドは絶賛を浴びた。

「お前らしい、驚きと喜びに満ちた料理だ。私は人が食事にこだわる意味をずっと理解できずにきたが、近頃は、お前のおかげで解るようになった。お前が作ってくれるものを食べると、身も心も満たされる。幸せを感じるよ」

嬉しいー!

アレクセイの言葉に、有頂天になったエカテリーナである。

お兄様に食の楽しみを届けたい、っていうのが、お昼を作るようになった最大の動機だもの。楽しいとか、嬉しいとか、幸せとか、そういうことをお兄様の人生にもっともっと増やしたい。

これからも頑張ります!

ちなみにトンカツのソースは、シェフが提案してくれたトマトソース。トマトの収穫期はもう過ぎているけれど、保存食の干しトマトをベースにして、うまみたっぷりのソースを作ってくれた。前世のトンカツソースとは別物だけど、これはこれで美味しい。

この世界に存在するトンカツに似た料理、カツレツは、トマトソースで食べるものだそうだ。皇国の人々が違和感なく食べられる味なわけで、皇国のトンカツはこう、ということでいいのかもしれない。

皇都公爵邸のシェフは、毎年恒例の行幸で皇室御一家が訪れる時、トンカツを供する気満々のようだ。両陛下の目の前で鍋いっぱいの油に大きな肉を入れて、ジュワアア!と良い音がする様子を、楽しんでもらいたいらしい。

両陛下にトンカツ……と遠い目になるエカテリーナだが、こんなに油を惜しみなく使う料理は、皇国では確かに贅沢なのだ。両陛下にお出しするには、むしろふさわしい。違和感を共有してくれる人は皆無なので、ひそかに耐えるしかないのだった。

「これが皇都で流行れば、高級な豚肉が引っ張りだこになりますね」

商人ハリルがにんまりする。

いつか、トンカツが皇国を代表する高級料理になる日が来るかもしれない。

うーん、うーん。なんかすみません。

そして執務室の面々で一番カツサンドにハマったのは、鉱山長のアーロンだった。

「ユールノヴァ家にお仕えできて幸せだと、あらためて思います……もしこの料理を出すレストランがあれば、値段がどれほど高額でも通い詰めますよ」

学者のように理知的な容貌に似合わず、アーロンはがっつりした食べ物が好みらしい。アイザック大叔父様のフィールドワークに付き合ううちに、サバイバルな食料調達で肉料理に慣れ親しんだ、とかなのだろう。と、想像したエカテリーナである。

だって、アーロンさんのアイザック大叔父様への愛は沼だから。

私のお兄様への愛も負けません!

「お兄様のクラスは、学園祭についてお決まりですの?」

「決まったが、そうした催しには、私は毎年関わらないことになっている。時間が取れないからね」

うっ……。

あっさりと言われた言葉はエカテリーナにとってちょっとショックだったが、すぐにうなずく。

「お兄様はお忙しいのですもの、学園の行事に参加できないのは、仕方のないことですわ」

お兄様の人生が、仕事一色なのは心配だけど。

一生徒としてクラスの行事を楽しむ、というのがお兄様に向いているかというと……。かえって疲れるだけ、なんて可能性もあるような。

「お前はいつも優しい。私はただ、働いているほうが楽なだけなんだよ。つまらない人間だからね」

自嘲というには淡々と言うアレクセイに、エカテリーナは強く首を横に振った。

「お兄様のお仕事には、ユールノヴァの民の暮らしがかかっているのですもの。それを優先されるのは、正しいご判断と存じますわ。お仕事と学業だけでもお身体が心配ですのに、学園の行事にまでご参加など、なさるべきではありませんわ」

「ありがとう。だがお前のほうが、よほど心配だ。先日の音楽の夕べの大成功がある、お前のクラスの者たちはさぞお前をあてにしていることだろうが……決して無理をしてはいけないよ。

美しい者は夢のように儚いと聞く。もしもお前が夢ならば、私はそこから永遠に醒めたくはない。どうか私にいつまでも、この美しい夢を見せておくれ。愛しいエカテリーナ」

今日も美辞麗句スキルが炸裂してますね!さすがお兄様!

「お兄様、わたくしは決して、無理などいたしませんわ。わたくしは何事も、お兄様の仰せの通りにいたします」

「いい子だ」

アレクセイに頭を撫でてもらって、ご機嫌になったエカテリーナだった。

今の学園は、よるとさわると学園祭の話で持ちきりだ。

クラスが違う友達と会うと、何をやるのか尋ね合うのが合言葉のようになっている。エカテリーナもミハイルに訊こうと思っていたのだけれど、時間切れになってしまった。

乙女ゲームのイベント、と思っていたのだけど、あらためて考えるとこの学園にこんな行事があるのは、不思議な気がする。

魔力や魔獣が存在したり、神様と会えちゃったりするこの世界だけれど。人間の社会構造とか文化文明とかは、近世ヨーロッパに本当によく似ていると思う。

けれど、その中で異彩を放つのが、魔法学園の存在。近世ヨーロッパのどの国にも、貴族の子息子女に入学を義務付ける学校というのは存在しなかったはず。特に、男女共学の学校は。

まあ学園への入学を義務付けられているのは、貴族の子息子女という括りではなく、規定を満たす魔力を持つ者、なのだけど。

フローラちゃんから庶民の暮らしを聞くうちに、それは詭弁のような気がしてきた。

だって皇国では、庶民の子供には魔力の測定をしないようだから!

フローラちゃんだって、男爵の養女になったから魔力測定の対象になったけど、庶民のままだったら放置された可能性が高いらしい。もったいない。

まあ、庶民に高い魔力の持ち主が生まれるのはごくまれなことらしいから、効率の問題もあるだろうけど。それにしたって、入学は義務!という姿勢と矛盾を感じる。

前世で乙女ゲームをプレイしていたから、あるのが当たり前と思っていた魔法学園だけど。生徒たちの恋愛が存在意義とか思っていたけど。

この世界の歴史や一般常識をそれなりに知って、その上で別の世界を知っている者として俯瞰して見直すと……。強い魔力というアドバンテージを持つ、貴族の子息子女を強制的に集める意味、というのが他にあるんじゃないかと思えてくる。

魔法学園の原形は、皇国の創成期、ピョートル大帝の時代にすでに生まれていた。まだ学校という形ではなく、貴族の身分秩序さえ未成熟な状態で、大帝の臣下となった者たちの子弟から秀でた魔力を持つ少年少女を召し出して、共同生活をさせつつ勉学を学ばせるものだったらしい。

臣下の子弟を一ヶ所に集める……。

というところで、前世歴女は、ふと思った。

戦国日本の覇者となった徳川幕府は、大名の正室とその子供を、江戸に住まわせることを義務付けた。

……人質として。

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